実に美しきは友の愛

なまえが任務先で負傷した。電報で窺う限りでも、それは決して軽くはない傷のようで、狼狽える私に鶴見中尉は快く休暇を取らせてくれた。曰く莫逆の友についていてやれとの仰せだった。本当にありがたい話である。

「っ、なまえ!!」

なまえが運ばれたという医務室に駆け込んだ私を軍医が睨む。しかしそんな事など気にしている余裕もなく、私はなまえのベッドの場所を尋ねる。

「みょうじ少尉は一番奥のベッドに寝ていらっしゃいますよ」

指差された方を見れば、そこには衝立で囲われたベッドがあった。まるで彼を訪ねてくる者を追い返すようなその無言の圧力に私は最悪の事も考えながら彼の許に近付く。

「…………なまえ」

恐る恐る声を掛けようとした時だった。

「いっ……!」

なまえの微かに呻く声が聞こえて、心臓が上擦る。咄嗟に衝立を動かそうとする間にもなまえの声と「もう一人」の声が聞こえる。

「いた、いっ……もう、いやだ……っ」

「落ち着いてください、少尉。息を大きく吸って。力むと余計に痛みますから」

「っ、あ……やめて……っ、つき、しまぁっ」

軋むベッドの音と共に聞こえるあられもないなまえの声に大きな衝撃が走る。頭を殴られたような衝撃に私は勢いに任せて衝立を動かした。そこにいたのは。

「な、何をしているんだ!!」

「っ!え?お、音之進?」

「鯉登少尉……?どうされましたか?」

そこにいたのは、上衣の釦を下半分だけ開けて当てられたガーゼを取って傷口を晒していたなまえだった。私の物とはまるで違う薄くて白い腹には痛々しい刺し傷が縫われていた。どうやら月島はなまえの包帯を変えていたようだ。ガーゼを剥がすのが余程痛んだのか、大きな黒灰色の瞳に涙を浮かべたなまえが不思議そうに瞬きしたせいで彼の頬を雫が伝っていく。

「あ、いや……なまえの見舞いに……」

訝しげな瞳のなまえと月島軍曹に内心冷や汗ばかりの私だったが、二人は私が何を思ったのかは分からなかったのか、快く私を迎え入れてくれた。

「なまえ、怪我は大丈夫なのか」

「ん?ああ、もう大丈夫だ。大体が大袈裟なんだから」

「嘘です。みょうじ少尉はちゃんとした手当てがあと少し遅れていたら命を落としていました」

「何だと!?」

「おい、月島軍曹!それは言わない約束だったろう」

悪戯がばれた子供のように唇を尖らせるなまえには微笑ましい物があったがそれとこれとは別だ。私は腰に手を当ててなまえを見た。彼も分かっているのか、首を竦める。

「なまえ……」

「分かってる、でも仕方なかったんだ」

微笑むなまえに私は二の句が継げなくなる。彼のその笑みは私の言葉を奪うには十分過ぎたのだ。言葉に詰まる私の手になまえは困ったように触れた。

「私を心配してくれたんだろう?ありがとう、嬉しい」

「っ!あ、当たり前だ!」

なまえの手の温もりに何故か心臓が上擦ってしまって、私は余所を見ながら言い放つしか出来なかった。なまえもそんな私の事を理解してくれているのか、くすくすといつもの控えめな笑みを見せてくれる。

「それでは、俺は行きます。莫逆の友の仲をお邪魔するのも悪いですし」

なまえの包帯を変えた月島が立ち上がったのをきっかけに、私は月島に代わってベッドサイドの椅子に座る。いそいそと病院着の釦を閉めたなまえは月島に向かって片手を持ち上げた。

「手数をかけたな、月島軍曹。また頼む」

「ええ、明日も同じ時間に」

まるで上官と部下を超えた親しい仲のような二人に、感情に僅かに靄が覆う。私の知らないなまえを、月島が知っているような気がして。

「随分、月島軍曹と打ち解けたんだな」

月島の背中を見送って、それとなく声を掛けたつもりだったのに、私の口から出てきた言葉は随分僻みっぽくなってしまう。なまえは少し不思議そうな顔をした後に、頷いて顔を綻ばせた。

「同じ任務を経験したからな」

その言葉が何故か私を拒絶しているように聞こえて、心の内に澱が溜まっていく気がした。

「……私も、なまえと一緒が良かった」

言っても詮ない事だというのは分かりきっているのに、気付けば私の口は緩みに緩んで言わなくても良い、寧ろ言うべきではない言葉を口にする。

「私も、なまえと一緒の任務が良かった。そうしたらきっと、なまえに怪我なんかさせなかった。私が庇ったのに」

「音之進……」

なまえの表情を見るのが怖くて俯く私を、なまえはどう思ったのだろう。もし彼に軽蔑されたら、一度そう考えてしまうと悪い考えは止まらなくて私は顔を上げられなくなる。

「顔を上げて、音」

「っ!」

不意に呼ばれた名前は私たちが出会って暫くして決めた、私たちが二人きりの時になまえが呼ぶ私のそれだった。口調もいつもより砕けているなまえの優しげな声音に私は恐る恐る顔を上げた。

「音は優しいね。音に優しくされると、私は『赦された』気分になってしまう」

「なまえ……?」

「でも、自分をもっと大切にして。私は音が一番大切なんだ。他の者は立場上守る必要があるけれど、音だけは立場なんか関係無く守りたいって思う」

「わ、私も……。なまえが一番大切で、守りたいと思う」

なまえの優しい眼差しが擽ったくて、彼の顔を見る事が出来ずに背景に焦点を合わせて私はただ、そう呟くので精一杯だった。きっとそれをなまえもお見通しなのだろう。彼は笑って頷くと、「嬉しい、ありがとう」と繰り返すのだった。

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