星屑の煌めき

向かい合って、近い距離でその目を見た。特別大柄ではない俺よりも更に低い上背、それで軍隊生活でやっていけるのかと問いたくなるようなほっそりとした身体つき。だがそれ以上にその瞳を以前も見た、すぐにそう気付いた。忘れていた記憶が昨日の事のように鮮やかに蘇ったのだ。

「みょうじなまえだ。よろしく頼む」

男にしては珍しいくらいに快活に笑う男は名をみょうじなまえというらしい。いわゆる俺の上官、というやつだ。そう言った事に興味の無い俺でも知っている、武勇に優れたみょうじ家の嫡男。緊張など微塵も感じさせない、かと言って高圧的な厭らしさも感じさせないその男を、俺は取り敢えず関わりたくない部類に分類した。この手の「何を考えているのか分からない」「恵まれた持てる」人間が一番厄介だという事を俺は経験上知っていた。ちなみにもう一人、先程紹介された(俺は既に知っているけれど) 鯉登のボンボンも同じ部類だ。尤も、奴は別の意味で、だが。

「よろしく頼む」

いつの間にか目の前に立っていたみょうじ少尉が俺に向かって手を差し出していた。士官学校を卒業した若い士官たちが、兵たちとの顔合わせにやって来る、この時期恒例の面倒な行事。常ならば適当にあしらうそれに妙に惹きつけられたのは、軍帽の隙間から垣間見える彼のその瞳だった。

「流星を閉じ込めた」ような瞳。少し気障過ぎるだろうその瞳を一度も忘れた事が無いか、と問われれば嘘になる。「忘れないで」と願うあの娘の残像が、脳裏に過った。

「…………」

「……?尾形上等兵?」

黙りこくる俺を不思議そうな瞳で見つめる男は何故か「あどけない」という表現がぴったりだった。何故だろうか、それは彼と幼馴染だという鯉登のボンボンには感じない物であった。

「ああ、いえ。……失礼しました。よろしくお願いします。……みょうじ少尉」

「ああ。至らぬ所はどんどん指摘してくれ」

手を差し出し返して軽い会釈と共に彼の手を握り返す。細い手だったが、握った掌は酷く硬くてこれは相当に鍛錬を積んだのだと知った。それにしても朗らかな笑みが「あいつ」をチラつかせて仕方がない。不快な気持ちを隠すように俺は目を細めた。

「つかぬ事を伺いますが、少尉には御令姉か御令妹が居られませんか」

「…………?いや、私にきょうだいはいないが」

不思議そうに小首を傾げる男は女と見紛う程だ。だが意思の強い瞳がそれを否定する。それが却ってあの娘の凛とした瞳を彷彿とさせた。

「そうですか。それは不躾な事を伺いました。少尉に良く似た娘を以前見かけた事があったのです。おっと、これも失礼ですな。申し訳ありません」

「良いんだ、気にしないでくれ。世の中には自分に似た人間が三人は居るというからな」

不躾な質問にも感情を乱す事なく微笑む男は大物か或いは腰抜けか。その二択に答えを出す事なく、俺は曖昧に微笑んで小さく一礼した。少尉は俺との話を終わりだと思ったのか僅かに親しげな笑みを見せて離れて行った。

背格好は同じくらいか、少し高い。肉付きは同じくらいに見える。容姿は似ているとも似ていないとも言えなかった。何しろ五年以上も前の事なのだ。娘の顔は輪郭すらも曖昧だった。だがあの「流星の瞳」だけは同じような気がした。離れて行く少尉の背中を見ながら、俺は僅かに思案する。今俺は非常に「妙な」考えに囚われていた。

すなわち少尉とあの娘は。

皆まで言うのは風情が無いかと俺は考えるのを止めたが、確信に近い物を持っていた。荒唐無稽な話の筈なのにそれはやけに俺の中では腑に落ちたのだ。あの娘の要領を得ない話もこの推測が正しければ何となく合点がいった。

「明日死んでしまう」と言って眉を下げていたあの少女の無邪気な笑顔が、少尉の穏やかな横顔と重なって消えた。

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