答え合わせをしよう

真冬の明け方に血を吐いた。吐いたと言っても懐紙に少し散ったくらいだけれど。でもやはりそれが自分の身体から出てきた物と思うと動揺した。結核って、本当に血を吐くんだな。回らない頭でそう思っていた。

「………………」

「………………」

私の激しい咳嗽のせいで目覚めた旦那さまは、何も言わなかった。私も何も言えなかった。彼はただ、起き上がると私に口内を清める水と洗面器を渡しただけだった。毛布の隙間から凍えるような空気が入ってきて、身体が震えた。酷く怠くて、重い身体はまるで鉛のようだった。起き上がるのに難儀していると、旦那さまが支えてくれた。私の中の微かな熱が、旦那様の物より高いのはもう知っていた。

少しずつ、口許に宛てがわれた水差しから口内に水を含む。冷たい水で少しだけ身体に篭った熱が引いていく気がした。水を吐き出すのと同時に安堵のような息が漏れて、彼の唇が少しだけ緩んだ気がした。気のせいかも知れないが。

だから確かめようとして、旦那さまの顔を見た。瞳の底を見て、そこにどんな感情が宿っているのか見ようとした。でもそれより先に、彼が私の唇を奪う方が先だった。

静かに重ねられて、静かに離れていった唇はいつまで経っても慣れなかった。病持ちの女を、囲っておく意味も意図も判らなかった。

「…………血を、はいたら、もう、死ぬってきいたわ」

「迷信だろ。静養して、精のつくモン食ったら治るって医者にも言われただろうが」

旦那さまは私をお医者に診せる事を躊躇わなかった。月に一度か二ヶ月に一度くらいの頻度で、彼は私のために安くない金を払って高名なお医者を連れてきた。

でも薬も何も無いのだから、ただひたすらに安静にして病が私の身体の中からいなくなるのを待つだけだ。毎回来てくれるお医者だってそう言うしか無い。私が死ぬのが先か、病がいなくなるのが先か。それでも旦那さまは私のためにお医者を呼ぶのだ。何の気休めにもならない言葉を貰うために。

「…………もう、私のために、お医者なんて呼ばなくて良い……」

「はあ?治るモンも治らねえだろ」

「でも、こんな、もう、意味なんて……。だって血だって吐いて、」

旦那さまは、まだ私が治ると思っているのだろうか。その希望を持って、私をお医者に診せているのだろうか。私すら、怖くてももう、「そう」なるんだろうなと思っているのに。

分かっているのだ。そう、遠くない内に、私は死んでしまうのだという事など。私にだって分かっている事を、どうして。

「…………意味ねえ訳、ねえだろ」

押し殺したような声に肩が揺れた。それは怒りを纏ったような声だった。彼は、旦那さまは怒っていた。睨むように、私を見ていた。

「どう、して……」

声が震えたのは、病気のせいでもあったけれど、怖かったせいもあった。見て見ぬふりをしていたその感情を、直視する時が来るなんて思わなかったからだ。

「どうして、こんな私を愛してくれるの」

こんなに苦しいのなら何も知らないまま、何も分からなくなれば良かった。女郎屋に戻れるなら戻っても良いと思った。何も知らないあの頃に戻りたかった。

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