土方の下に身を寄せた尾形だったが、その実土方に信用された訳では無い事は当然理解していた。尤も尾形自身は土方に信用されていようがいまいが関係なかったのだが。だからこそ彼は隙を見せず、常に警戒していると言っても過言ではなかった。とは言え彼も人間であり、四六時中警戒の糸を張る事は不可能であった。
「……おや、それはアイヌの小刀だな」
手持ち無沙汰を誤魔化すようにマキリを弄ぶ尾形の手元を見た土方がふと、呟いたのを皮切りにその場にいる全員が尾形の手元に注視する。
「とても複雑な文様をしていますね」
「お前の持ち物なのか?」
しげしげと物珍しそうにマキリを見つめる家永と牛山から隠すようにマキリを懐に戻す尾形に永倉は笑みを深める。
「余程大切な物と見える。アイヌの女と良い仲だったのか?」
「……何故そう思う?」
警戒するように服の上からマキリを守るように押さえる尾形に永倉は片眉を器用に跳ね上げる。
「それはメノコマキリというやつだろう?女物だ」
「マジか」
永倉の言葉に驚いたように尾形を見る牛山と家永、そして興味も無さそうに尾形を見る土方、その全ての視線を尾形は苛立ったように受け止める。
「見るんじゃねえ、鬱陶しい」
「お前が女と?想像出来ん」
「下衆な勘繰りはいらねえんだよ」
にやつく牛山に苛立たしそうに胡坐を組んだ足を小刻みに揺らす尾形にしかし、土方はにや、と笑う。
「果たして当てずっぽうな勘繰りかな?お前のような男が執着するにはあまりに可愛らし過ぎる物だと思うがね」
「……別に、執着してる訳じゃねえ」
嫌そうに顔を顰める尾形ににこにこと一見無害そうな笑みを浮かべる家永が口を開く。
「あら、それでも大切な物には変わりありませんのでは?一体どのようにしてそれはあなたの手に巡って来たのでしょう」
「…………忘れたぜ」
「あっ、それ絶対忘れてねえやつ!」
にまにまと笑う牛山の視線を手で払い除けながら尾形は興味を無くしたようにそっぽを向く。それでもマキリを守る手はそのままであった。
***
薬草を集めるナマエの腰許に違和感を感じたアシリパはナマエをまじまじと見つめる。その視線に気付いたのかナマエは不思議そうにアシリパを見つめ返した。
「アシリパ、どうしたの?」
「ナマエ、マキリはどうした?」
「え?あ……、気付いたら失くなってたんだ……。…………兄さんが作ってくれた形見、だったんだけど」
悲しそうに肩を落とすナマエに杉元も彼女の顔を覗き込む。
「いつ失くなったんだ?旅の途中?心当たりがあるなら戻る?」
「ううん、大丈夫。失くしちゃったの、杉元がコタンに来る少し前だったから。心当たりの場所は一つだけあったんだけど、見つからなかったし……。あ、別に大丈夫だよ!形ある物はいつか無くなっちゃうものだからね」
「けど、良いのかよ?お兄さんの大切な形見だったんだろ?」
杉元の言葉にナマエは困ったように笑ったが、潔いまでに首を振る。
「大丈夫だよ。道具にだって与えられた役目がある。私の許からいなくなってしまったのなら、それはきっと私のマキリに神様が定めた他の役目があったからだから」
微笑んだナマエにアシリパも杉元も頷く。そして三人は並んで歩きだした。ナマエは脳裏に兄の彫ってくれたマキリの形を思い浮かべた。その文様は複雑に絡み合った蔦のようで、ナマエたちの行く末を暗示しているかのようだった。
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