「その後」の話

歌志内のあちこちで物売りを調べたが結局成果は梨の礫であった。仕方なく石狩川を船で下る事にした一行に、ナマエも特に反対する事無くついて乗船した。

船に乗ったのは樺太の往復以来であるナマエにとっては僅かに心躍るものであった。しかも今回は蒸気船だ。アシパも乗船は初めてであった事から何だか二人は久方ぶりに何の忌憚も無く話をする事が出来たような気がした。

「頭巾ちゃんは、馬が好きなんだね」

ぼんやりとデッキテラスの手摺りに身体を預けて後方の馬と同乗するヴァシリにナマエは手を振って見せる。ヴァシリから特に反応は無かったが、意に介する事無く風に髪を遊ばせるナマエはアシパから見ても随分顔色が良いように見えた。

「なあ、ナマエ、」

何を言おうとしたのか分からない。景色を見て、気になる物を指差して、あれはこれはと話をした。その延長だったのかも知れない。だが、その「何か」を口に出す前に、蒸気船が急に進路を変えた事で二人は体勢を崩す事になった。

「わっ!?な、なに!?」

幸いアシパもナマエも手摺りの近くにいたため、デッキに身体を打ち付ける事は無かったが、明らかな異常事態に表情が強張っている。

様子を見に行った杉元と白石の後から気配を探ると、どうやら船泥棒のようだ。一先ずアシパと共に船室に戻ったナマエであったが、デッキの喧騒は消えない。

しかし此方にも反撃の機運が残っていた。どうやら郵便配達人が乗船していたようだ。彼のやる気も漲っている。

ばったばったと船泥棒を薙ぎ倒す郵便配達人だが、何となくナマエは気付いた。彼の発砲に合わせて別の場所から狙撃音が聞こえる事に。

(まあ、良いや……)

デッキに飛び出す機会を伺うナマエだったが、銃弾飛び交う中で中々隙が見つけられない。そうこうしている間に、再度蒸気船が荒い航行をし出したせいで、もんどり打って体勢を崩してしまう。不安定な地面に焦って立ち上がった時だった。

不意にアシパが動くのが見えた。近付いて来るのが見える。体当たりされて再び床に倒れ伏したナマエの立っていた場所に錨が落ちていた。

「大丈夫かっ、ナマエ!?」

「えっ、あっ、あ、ありがとう……」

混乱して目を白黒させるナマエの無事を扉越しに確認したのか、杉元が長髪の男に向かって行くのがナマエにも見えた。

そして尚も船室内で荒れ狂う郵便配達人の事も。アシパと顔を見合わせる。どうやら思っている事は二人とも同じのようだ。

「私が追い出す。ナマエは杉元を追ってくれ」

「分かった。気を付けて」

言葉少なに頷き合って、ナマエは船室を出た。騒乱の音は耳を欹て無くても分かる。船室の上に上ると、数秒遅れてアシパも上り切って姿を見せた。

「アシパさん、ナマエさん……。怪我はねえか?」

獰猛な瞳に僅かに理性の光を灯した杉元にナマエは頷く。長髪の男が海賊房太郎である事をナマエは悟った。

房太郎は滔々と刺青人皮について語って行く。そしてそれを見付けた後の事も。

「俺は自分の国を作るのが夢だ。俺の国なら、誰も俺を追い出したりしない」

「…………!」

どうしてか、ナマエはそれに心惹かれていた。「追い出されない」その言葉のせいだろうか。それともずっと考えていた事だからだろうか。この旅が、「終わった後」の事を。

辛くて、悲しくて、楽しくて、温かい。そんな旅が永遠に続かない事くらい知っていた。それが事の解決によって終わるのか、或いは己の死によって終わるのかはまだ、分からないけれど。

旅が終わった後も故郷に戻らない選択を、考えた事がある。否、最近はずっと考えている。何処かずっと遠く、誰も「二人」を知らない場所で暮らす事を。生まれも育ちも家族も友も何もかも、全く関係の無い此処では無い何処かへ、「彼」と二人で行く事を。

考えた事が無いと言ったら、嘘になる。

「…………ナマエ?」

「っ、あ、ごめ、何?」

「い、いや。その、大丈夫か?」

不意に名を呼ばれて肩を揺らす友人に怪訝な顔をするアシパにナマエは眉を寄せて笑った顔を作る。その顔が歪だった事はナマエ以外の誰だって気付いただろう。指摘する事は、出来なかったけれど。

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