「家族」の話

海賊と手を組む事になり、一行はお約束の脳みそヒンナヒンナの時間のために小休止を取る事となった。ナマエは火を起こすための枝を集めに近くの茂みに入って辺りを見回していた。

「……お嬢さんは、奴らとどういうご関係?」

「…………どういう?」

突然背後から声を掛けられたナマエだったが、海賊がついて来ている事は既に気付いていたため特に驚く事は無かった。しかしながら、問われた事に彼女は首を傾げる。海賊は底の知れない笑みを浮かべナマエを見つめている。その瞳を見つめ返すナマエには、何故だかその瞳からの悪意は感じられなかった。

「そう。アシパちゃんには理由がある。お嬢さんには?」

ナマエは一度唇を引き結ぶと、ゆっくり開く。

「ナマエだよ。別に理由は無いのかもね。コタンを出る事が出来たら、理由なんて何でも良かったのかも」

「…………ナマエちゃん、家族は?」

ナマエの声音に途端に気遣わしげな声をする海賊に、彼女はくすくすと声を出して笑う。

「兄がいる。聞いたかも知れないけど、第七師団と一緒に行動してる」

「へえ、複雑なのね」

「かもね。でもたった一人の兄だから、もう、自由になって欲しい」

怪訝な顔をする海賊を横目にナマエは枯れ枝を集める。あと数本も集めれば良いだろうか。海賊は怪訝な顔をそのままに彼女を見つめた。

「自由って?」

「兄さんは、私のために何もかもを捨てようとしている。私が、家族が欲しいと願ったから。本当は、そんな事しなくても良いのに」

適当な枝が見つかり、手を伸ばそうとしたナマエだったが、あと一歩届かない。目一杯腕を伸ばすと指先が触れた。更に身体を乗り出そうとした時だ。

「ナマエちゃんも俺の国に来る?今なら、女王の地位が空いてるよ」

頭上から長い手が伸びてきて、ナマエが狙っていた枝を掴んでいく。振り返ると思いの外近い所に海賊が立っていて、ナマエは面食らった。取り敢えず頷くと、海賊は嫌味の無い笑みを浮かべてナマエの手に自分が手折った枝を持たせる。

「なんてね。家族がいるって良いね。大事にしろよ」

「…………そう、だね」

背の高い海賊には見えなかった。俯いたナマエの表情が重く沈んでいた事は。

***

「家族?」

エコリアチの琥珀の瞳が訝しそうに瞬いたのを見て、キラウは話題を間違えたと思った。

闖入者としてエコリアチが一行に加わってから暫くが経つが、彼が己の事を殆どと言って良い程開示しない事が気掛かりだと門倉が言うのだ。それが巡り巡って同じアイヌであるキラウにお鉢が回って来たという訳だ。

つまり門倉の差金でキラウは損な役割を担わされたという事だ。

「家族なら、妹がいるって言っただろ」

無愛想に一言そう返されて(彼は昂っている時とそうで無い時の雰囲気が違い過ぎる)、キラウは言葉に詰まるが思い直して問い掛けを変える。

「コタンでは妹と暮らしていたのか?」

「違う。妹とは…………、まあ色々あって離れて暮らしてた。人の事をあれこれ詮索しやがって。これで満足か?」

嫌悪感の滲む瞳がキラウを見る。更に踏み込むかどうか、彼が逡巡した時だ。

「…………ナマエは悪くないんだ。大人たちが、俺の両親が悪い。そうでなきゃ、いけないんだ」

投げやりで虚ろな声だと、キラウは感じた。いつも自信に満ち溢れた、芯のあるエコリアチの声とはまるで違う。告げられた言葉の内容より、そちらが気になった。

「どういう、事だ?」

「…………あんたに話したって仕方ないだろ」

エコリアチの嘲るような笑いにキラウはそれ以上の追及を諦めた。キラウシが追及して来ないと知ったエコリアチは、彼に背を向けて、ぼんやりと遠くの景色を眺めていた。

遠くに一つ、人影が見える。それは鳥撃ちに行った尾形の影だ。その影を睨むように目を細めるエコリアチの心情は、キラウには杳として判別出来なかった。

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