暗号の結果と海賊の情報を総合して、函館へとやってきた一行は五稜郭を眼前にこれからの事を話し合っていた。兎にも角にも金塊を探さねばならぬと一行は行動を開始する。流石にまだ時間はあるだろうと誰もが悠長に構えていた。
しかしナマエは聞いた。規則正しいある程度の重量のある足音を。
「静かに!誰か来る!……多分、兵隊」
ナマエが振り返って警戒するのに追随して、全員が攻撃の体勢を取る。ナマエを下がらせてエコリアチが頷いて城壁の角を覗いた。
「あっ!貴様、鶴見中尉お抱えの!」
「やあやあ、お仲間よ!久しぶりだな。そして、悪く思うなよ!」
やはりと言うべきなのか予想外と言うべきなのか、そこにいたのは第七師団の兵士たちだった。彼らはエコリアチと顔見知りだったようで、駆け寄ってくるのをエコリアチは素早く懐に入り込み体勢を崩させる。
あっという間に兵士たちを無力化した一行だったけれど、ここで事態が急転した事に思い至る。つまり、鶴見が暗号を解読してしまった今、莫大な金塊を一体どうやって見つけるのか、そして彼らに先んじて運び出すのかという事だ。
全ての可能性があっという間に潰されて、一行の間に絶望的な空気が漂う。それを、杉元が打ち破った。
「戦うしかない。ここで。籠城して、奴らを迎え撃とう」
無謀な話のはずなのに、今、それを誰しもが覚悟を持って受け入れていた。ナマエもまた、同じだった。かつての自分なら、それを無謀だと考えたろう。なのに、無謀なはずのその作戦に、どこか高揚していた。この人たちとなら、大丈夫。もし、志半ばで命を落としてしまっても悔いは無いと。勿論、死ぬつもりなんて全くなかったけれど。
ナマエは頷いた。全員頷いて、心は一つになった。
***
兵糧庫の床下を掘るという作業を一時休憩して、ナマエは暁の冷えた空気に身を浸していた。吐く息が白く消えていくのを感じながら、己を追いかけて来た親友を振り返った。足音を隠しもしない彼女は、ナマエに気付かれる事を予期していたようだ。彼女は微笑んでいた。
「アシリパ」
「ナマエ」
並んだ二人は言葉少なに遠くを見た。同じ方向を見て、きっと同じ事を考えていた。
「アシリパには、言っておきたい。言えなくなる、前に」
「何だ?」
静かな空気はナマエの言葉を止める物にはならないし、アシリパの感情を乱す物でもなかった。
「私はね、アシリパの事大好き。私の一番の親友で、あなたがいなかったら私はきっとこんなに生きていて良かったと思う事はなかった」
「ナマエ……」
「私ね、旅が終わったら尾形と暮らすって約束したの。アシリパにとってみればこれは裏切りなのかも知れない。でも、私は尾形と一緒に幸せになりたいって思ったんだ」
微笑むナマエを美しいとアシリパは思った。それはかつてのどこか遠慮がちなナマエとは違う、生に溢れた表情だった。
「アシリパには、言っておきたかった。私の、とても大切な親友だから」
「……っ、」
アシリパは言葉が継げなかった。ナマエが己の道を見つけた祝福も別離への寂しさも、伝えたい事は沢山あったはずなのに。何も言えなくてただ、親友に勢い良く抱きついた。
「わ、」
「……嬉しい。ナマエが、話してくれて嬉しい。ナマエが幸せになろうとしてくれて嬉しい。ナマエが私の事を大切だと想ってくれて、何もかもが嬉しいんだ」
ナマエの手がアシリパの背中に回る。冷たい空気は二人の間には入り込まなかった。静かな笑い声が星空の下にさざめく。
「旅の中で沢山の事があったけど、あの日アシリパにさいごまでついて行くって決めて良かった。何もかも、あなたのおかげ」
「私が辛い時、ナマエはいつも寄り添ってくれた。私には、それが救いだった。約束だ。忘れない、何もかも。遠く離れたって、私たちは親友だ」
「忘れない。私に子供が出来たら、語り継ぐよ。子供の子供にもその子供にも。私には、アシリパっていう素敵な親友がいた事」
「私もだ。末代まで語り継ぐ。永遠に、私たちは親友だ」
二人は声を上げて笑った。明け方の澄んだ空気が切り裂かれて、また静寂が戻る。ナマエはとても凪いだ心持ちだった。戦いの前の恐怖は微塵も感じなかった。ただ、明日を望んだ。それだけだった。
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