友なるもの

新しく仲間に加わった二人はとても奇妙で近寄り難い存在だった。尾形の方は単純に雰囲気が刺々しい。こちらと打ち解け合う気は無いっていう空気そのものを醸し出している。でもこういう奴は敢えて避ける事が出来るから、ある意味では楽だった。問題なのは、みょうじなまえの方だった。

みょうじなまえは一見優しげで、誰をも受け入れているような顔をしている。誰に対してでも柔和に微笑んで、まるで異国の聖母のように振る舞っている。だが中身はまるで違う。冷え切った、氷みたいな奴だ。

尾形には或いは、僅かに本心を見せるような気がする。でも、俺はともかく土方さんにすら、みょうじなまえは静かな敵意を見せていた。

「夏太郎くん」

それは氷柱から垂れる雫のような声だと思った。静かで細やかなのに、服の中に入ると冷たくて身体を震わせるような声だ。振り返るとやはりそこにはみょうじなまえがいた。

「あ、みょうじ、さん……」

将校を呼び捨てにして良いのか分からなくて、一応敬称を付けた。そうしたらみょうじなまえは柔和に微笑んだ、ように見えた。でも、きらきらと光る瞳は冷たく輝いていた。

「どうして私に『さん』を付けるんだい」

「そりゃ、アンタは将校だから……」

強い光に見つめられて言葉を詰まらせる俺を、みょうじなまえは嘲るように笑った。

「私は第七師団を造反した身だし、きっともう、父上も私を勘当してしまっただろうから。私には、何も無い。何も無い、ただのなまえだよ」

薄ら寒い笑みに背筋が震えるような心持ちがした。どうやら彼は氷柱から落ちる雫ではなく、氷柱本体だったようだ。

「だからね、夏太郎くん。私の事はなまえって呼んでくれると嬉しいな」

男の癖に空恐ろしいくらいの色気だと思った。絶世の美女だってそんな触れたら切れそうな色気は出せないだろう。

「……なまえ、さん」

「だからどうして『さん』を付けるんだい?見たところ歳もそんなに変わらなさそうだし、私たちは良い友達になれると思わないかい?」

思わねぇよ!、と声が出そうになるのをすんでのところで耐えた。みょうじなまえは顔に掛かった一房の髪を指で払うと、俺を観察するように眺めた。まるで初めて見る生物を観察するような目だ。まあ、士官の家の子が、俺みたいな街のチンピラを見る機会なんてそうそう無いのだろう。それはまるで珍獣か何かを観察するかのような目だった。

「何も俺みたいなチンピラ捕まえなくたって、アンタの周りにだってアンタに似たような坊ちゃん嬢ちゃんはいただろ?そっちで友達を作れよ」

「…………どう、だろう。『私に似た』友人はいなかったかもね。きっと分かり合う事は、出来ないだろう」

みょうじなまえは悩む素振りも無く答えた。それは当然の事を言っているという口振りだった。土方さんに聞いた話だと、みょうじなまえの家は徳川の時代からの名家だそうだ。御一新の時に色々あったそうだが、それにしたって彼は生まれながらにして選ばれし人間なのだ。きっとその周囲には同じような選ばれた人間がいたに違いない。

それなのに、彼は自分と彼らは違うと言うのか。何の迷いも衒いも無く。どれだけ。

「どれだけ周りを見下してんだよ……」

蔑むような俺の声音に、みょうじなまえは目を細めた。彼は笑みのような顔をしていた。少しだけ眉を寄せていたように見えたが、瞬き一つの内に消えたからきっと気のせいなのだろう。

「見下してはいない。全て本当の事だもの。私と似た友達はいないよ。皆とても素敵な人なんだ。…………嘘つきの私にも、とても良くしてくれた。とても、ね」

静かな声は何処か悲しんでいるように見えた。凪いだ瞳には確かな孤独が隠れていた。彼が何を言っているのか、或いは言いたいのかが俺には分からなかった。ただ、その「嘘つき」という言葉が気になった。

「アンタ、一体……」

「私の話なんてどうでも良いよ。つまらないからさ。それより君の話を聞きたいな。茨戸では何をしてたの?」

優しげな声音に俺は初めて冷たい瞳を良く見た。その瞳に浮かんでいたのは傲慢ではなく羨望だった。俺は初めて氷のような態度を良く観察した。その態度は侮蔑ではなく虚勢に見えた。

そうしたら高慢な士官がただの一人の青年に見えて、俺は安っぽくも絆されそうになっていた。

「茨戸では、チンピラやってた。日泥一味っていただろ」

「ああ。尾形上等兵が何か言ってたな。凄く怖い女将さんがいたって聞いた」

「まあ、そんな感じだよ。お前……、なまえ、は?士官ってどんな事すんだ?」

特に言える事は無かったから、適当に濁す。俺たちは生まれも立場も違う。だからきっとなまえは俺に興味を持った。それだけの事なのだ。

「大した事はしてないよ。部下を指揮して、沢山死地に送るんだ。偉そうに踏ん反り返ってるけどただの人殺しだよ」

なまえは困ったように笑った。でもそれは、今まで見ていた彼の表情とは少し違うように見えた。何処か人間みたいに、親しみのある顔だった。

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