漸く札幌に辿り着き、札幌の思い出として再びライスカレーに舌鼓を打つナマエは、奇妙な感覚に囚われていた。既視感と言うのか、まるで生き別れた半身に再び巡り合うかのような感覚だ。まだ確信は持てていないので、誰にも言っていないがどうにもそわそわして落ち着かない。
食事に集中を欠いていたせいか、隣に座っていたヴァシリに見つめられていた事に気付いたナマエは首を傾げる。数秒見つめ合った二人だったが、徐に彼の手がナマエの頬に伸ばされた。
「………………」
「……!あ、つ、ついてた!?」
頬に付いていた米粒を、ヴァシリの指が掬っていく。決まりの悪さにナマエがテーブルの上のグラスに手を掛けた時だ。
「うえぇっ!?」
轟音と共に、目の前の皿が吹っ飛んだ。代わりに人が。見覚えのある、人が。
「チ、チンポ先生!」
アシリパとナマエがその名前を同時に口にした瞬間、ナマエにも分かる程、杉元の周辺の空気が張り詰める。離れた所に、またしても見覚えのある人が。
「土方ニシパ……!」
予想もしていなかった所での再会に混乱しているナマエの背後に気配が急接近する。驚いて、振り返ったナマエの目の前には。
「ナマエ~!!」
「に、兄さん!?」
無秩序の極みである。
***
一時的に対立的な意味合いで危機的な状況に陥っていた彼らであるがアシリパの働きかけにより一旦矛を収めるという事で決着がついたようだ。
話し合いの糸口を見つけようとするアシリパに、ナマエは静かに近付いた。
「ナマエ?どうした」
「ううん、何でもないよ。…………ただ、さっきの乱闘で髪にゴミが付いてる」
そっと手を伸ばしてアシリパの身体を己の影に入れたナマエに気付いた者はいただろうか。一人だけ、気付いたかも知れない。そこにいない一人だけが。
気配が消えた事を確認したナマエは近付いた時と同じように静かにアシリパから離れる。それからきょろきょろと、辺りを見渡してまた前を見た。「彼」がそこにいる事に気付いたから。
「ナマエ!俺はお前の事が心配で堪らなかったよ!記憶も無事戻って本当に良かった!」
「……兄さんはどうしてここにいるの?」
探し出した気配を確かな物にする前に、エコリアチの声がそれを掻き消す。いなすように微笑みながら彼に視線を向けると、エコリアチは虚無僧の格好で尺八を弄んでいる。
「………………??」
状況が上手く飲み込めず目を白黒させるナマエに門倉とキラウシが簡単に説明を入れてくれた。つまり、土方一行が娼婦連続殺人事件の調査のために札幌にいる事を。
「それは分かったけど、兄さんはなんで、」
「土方ニシパの所の方がナマエに早く会えるかと思ってさ!」
当然のように妹を抱擁するエコリアチの姿は、普段のどこか無気力そうな彼とは大違いだ。キラウシは少し前に聞いたエコリアチの家族の話を思い出した。
「妹とは…………、まあ色々あって離れて暮らしてた」
きっとエコリアチはナマエにしか心を開けないのだと、キラウシには感覚的に理解出来た。雰囲気も容貌も取り立てて似てはいなくても、そこには血を分けた兄妹にしか分からない空気が流れていた。
「話は纏った。我々の根城に案内しよう」
不意に土方の声がして、ナマエは振り返る。気配はもう消えていた。一瞬落胆して俯くが、再度顔を上げた。また気配が現れたからだ。そちらに一度、目を向けて頷いた。それを確認するかのように気配がまた消えて、今度こそ本当に何も無くなった。だからナマエは土方たちについて、彼らの根城に向かった。
屋敷で久方ぶりの者とは何となく近況を話し合い、土方やアシリパ、杉元たちと今後の動きを話し合い、そして今か今かと待っていた夜になった。
久々に腰を落ち着けて酒を酌み交わすと言う仲間に断って、ナマエは早く寝ると嘘を吐いて、屋敷を抜け出した。罪悪感は、余り感じなかった。それよりも足が急いて急いて仕方なかった。
昼に立っていた場所に向かう。そこに立った瞬間、「彼」は現れた。隻眼に気怠げな色を浮かべて。
コメント