年頃になった私には所謂縁談という物が偶に舞い込むようになった。ただ渡された写真を幾ら眺めたところでぴんと来る者はおらず、寧ろ写真の中の彼女らと同じくらい殆ど会った事も無いなまえさんが脳裏で微笑んで私の肯定の邪魔をした。
父は私の理想が高いとでも勘違いしているのか何度か私を嗜めるような真似をしたが、それでも私の心が固いと見るや、肩を竦めて何も言わなくなった。
「音之進さまは理想が高いのね」
何処からか私の縁談事情を聞いたのであろう。肩を竦めてそうお笑いになるなまえさんは、どこ吹く風でそう宣う。私の気も知らないで。
「そんな、事は……」
口篭る私になまえさんは少しばかり憐れみの視線を向ける。
「お逢いにもならず袖にされるお嬢様方がお可哀想だわ。私だって気になった殿方二、三人とはお逢いしているというのに」
「っ、なん、っ!?」
殴られたような衝撃が駆け巡る。なまえさんが見合い?誰と?まさかもう、
「でも皆様私には勿体無い方ばかりなの。皆お断りしてしまいました」
身の程知らずなのは私の方かしら。
くすくす笑いながら一喜一憂する私を手のひらで転がすなまえさんに気付かれないよう、安堵の息を溢す。きっとそれすらも、彼女にはお見通しなのだろうけれど。
「私は生涯を共にする方くらい自分で決めたいの。だってその他の事は皆お父様の仰る通りにしているのよ?」
曖昧に微笑むなまえさんの脳裏には、誰がいるのだろう。でもそれは絶対に私ではあり得ないと思えて、私は拳を握る。その手に、なまえさんの柔らかな手が触れる。
「っ、」
咄嗟に手を引こうとした私を押し留めたなまえさんは確かめるように私の手をなぞる。その目はとても、遠くを見つめていた。
「…………『彼の方』の手も、こんなに硬いのかしら」
誰の事かは、分からなかった。それでも、それがなまえさんの想い人なのであろう事は分かった。心臓が握り潰されたように痛んだ気がした。
「…………軍人の手は、皆、硬いかと」
「こんなに傷だらけなのですか?」
「……剣術をやるならば特に、」
その方も、剣術をされるのですか、とは聞けなかった。聞いてしまって、明確な答えが返ってくるのが怖かった。なまえさんは曖昧に微笑むと、するりと私の握られた拳を撫でた。少しだけ、なまえさんの眉が下がっている気がして、それ程までに「彼の方」とやらはなまえさんを夢中にさせているのかと知った。
「…………好いた方と結ばれるのってやっぱり、高望みかしら?音之進さまはどう思われて?」
どう考えても私はその話題を振るには向いていないだろうに、なまえさんは何の躊躇いもなく真っ直ぐな目で私に問う。その力強い瞳に気圧されそうになりながらも、私はなけなしの勇気を振り絞る。
「たか、望みとは、思いません。私だって、出来る事なら…………、」
その後は上手く口が動かなくて、言葉にならない。なまえさんは諦めたように微笑んだ。その表情は落胆にも見えた。
「そう、そうですわね。誰だって好いた方と生涯を共にしたいわ。…………許されるかどうかは、別としても」
なまえさんは美しく微笑んだ。だがそれが本心を隠した偽りの仮面である事は私ですら分かった。私はきっと何か言ってはいけない事を彼女に言ってしまったのだろう。その後は幾ら彼女の関心を惹きそうな話題を提供しても当たり障りの無い返事しかしてくれなくて、私は焦燥を抱いたまま、なまえさんと別れた。
それから数日も経った頃だろうか。なまえさんのお相手が決まった事が社交界を賑わせたのは。
相手は花沢家の嫡男だそうだ。
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