身請けの準備は着々と進んでいった。馴染みの客には手紙を書いた。別れを惜しむような筆致もあったけれど、皆、私の幸せを祈ってくれた。
ちら、と「彼」の顔が浮かんだ。店を離れるにあたって、「彼」にも手紙を書いた。今まで良くしてくれた礼を認めた。きっと届いているはずだろうけれど、その返事は無いままだった。
きっと私たちはそれだけの関係だったのだろう。何故か少し寂しくもあるけれど、気持ちを切り替えて、私は新しい世界へ出る準備をしていた。
「そうだ、なまえ」
内証に少し用事があったから、階下へ降りた。そこで楼主と少し話して、世話になった事への挨拶をしていたら、彼が思い出したように私の名を呼んだ。
「お前宛てに、贈り物だよ」
「……?」
慇懃な所作で彼は戸棚から何かを取り出した。目に鮮やかな青い色。それは桔梗の花だった。
「桔梗だわ。……どなたから?」
「それが贈り主は分からないんだよ。宛名だけ、お前宛てだよ。桔梗五本、確かに渡したからね」
桔梗五本、楼主のその言葉がどこか引っ掛かったけれど、確信には至らない。受け取って、部屋に戻って来たという訳だ。
いつか音様に桔梗のお花を貰った事を思い出した。相応しい花瓶ではなかったけれど、適当な物を見繕って差してやったらしゃんと立った。綺麗な桔梗のお花。そういえば、あの日貰ったお花は。
「踏み潰されちゃったんだっけ……」
今はもう、彼が何を思ってそうしたのかは分からなかった。花弁を優しくなぞって、そして気紛れにその青さに唇を落とした。桔梗のお花はとても綺麗に咲き誇っていた。まるでここからいなくなる私への餞のように。
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