主なる神の秩序を壊す

ナマエの事が気になって仕方がない。いつもヘラヘラしていて、聞こえの良い言葉ばかり吐く、いつもの俺なら一番信用しねェタイプの人間のはずなのに、ナマエの過去の片鱗を掴んだ日から、気付けばつい目で追っちまう。声が聞こえたら柄にも無く緊張しちまう。その視線が声が、俺に向けられる事を心のどこかで期待しちまっている。

俺は一体どうしたというのだろう?

ナマエはあの日からも相変わらず何も変わりなく、ヘラヘラしながら仲間たちに構われている。配属当初はあれだけその能力を疑われていたのに、アイツは直ぐに馴染んだ。まるでずっと前からチームにいたみてェに。

ペッシとは違う可愛がられ方をしながら、ナマエはいつもヘラヘラ笑っているから、俺は俺だけのナマエを知りたくて、ナマエに声を掛ける事が増えていった。

***

ナマエとの待ち合わせに遅れた。誘ったのは俺からで(というかいつも俺からで)、時間前には到着するつもりだったのだが、直前に次の任務についての変更の連絡が来たのだ。ナマエには一応連絡を入れたが、何故か何度掛けても応答は無く、仕方なく待ち合わせ場所に急いだ。遅れたからといって連絡も無しに帰る奴じゃあねェ事は分かってるがやはり悪いという気持ちはある。急いで待ち合わせ場所に近付くと、ナマエは知らねェ女と立ち話していた。

女の手がナマエの細い指に絡んでいる。距離感も近く、随分と親しげに話しているから、知り合いかと思って僅かに遠巻きにするが、ナマエの方が俺に気付いて、小さく手を振ってから女との話を切り上げたようだ。女は酷く残念そうにナマエを見送っていた。俺を見て、表情を明るくしながら駆け寄ってくるナマエに悪い気はしないが。

「ギアッチョさん、遅かったので心配しました。すみません、電話が鳴っていた事には気付いていたのですが、出られずで」

「あァ、否、俺も、まぁ、悪ィ。……つか、良かったのかよ」

「何がです?」

視線を女の方に向けるがもういなくなっていた。てっきりナマエの知り合いか何かだと思ったのだが。ナマエは俺の視線を察したのか、首を振る。甘い匂いが少し香った。ナマエの香水だろうか。

「あぁ、良いんです。あの人は観光客らしくて。遊べる現地人を探していたようですね」

特に気にした様子も無く、ナマエは下ろした髪を弄ぶ。いつもは緩く結えられている髪は今日は風に遊ばれている。それだけ見ると本当に女みてェだ。擦れ違った男がナマエを振り返ったから、ナマエに気付かれない程度に威嚇する。

「まぁ、オメェが良いなら良い」

「だって今日はギアッチョさんと約束してましたからね。…………それにしても、私、同性の方からお誘いを受けるのは初めてでした」

「へぇ、そうかよ…………、アァ!?」

思わず声が出て、ナマエが驚いたように肩を揺らす。静かに、と咎めるようなナマエの眼差しも気にならない。ナマエと同性?あの女が?という事は。

「オメェ、まさかとは思うが女か!?」

「…………?はい」

馬鹿みたいな質問に当然のようにそう返されて、俺の方が何も言えなくなってしまう。見た目は確かに女にも見えなくはない。だが、俺はてっきり。

「言っていませんでしたか?それは失礼しました。本職の方が男性しか出来ない仕事なので、あまり詳らかにする訳にも行かず……」

罰が悪いのか上目に俺を見上げるナマエから、素早く目を逸らす。今更女だとか言われたら逆に意識しちまうだろーがよォ~!

首を傾げたナマエが、俺の顔を覗き込む。グレーの瞳には星が散っている。女と分かると心なしか、その瞳が潤んでいるように見えて、生唾を飲み込んだ。

「ギアッチョさん?どうしました?」

「オ、オメーが悪ィんだろーが!!!」

大きな瞳は強い力を湛えていて、形の良いパーツが絶妙な具合に顔を彩る。女にも見えるが、意思の強そうな顔立ちが男と言われればまあ、信じてもおかしくない。背は高過ぎず低過ぎず、両性どちらにも当てはまりそうだ。肉付きがそれ程良くないのが一番の原因だろう。だが、女と断言されて仕舞えば、もう「そう」としか見れなくなってしまう。

非力な細腕が、女のそれに見える。いつも見ていた筈のヘラヘラした笑顔が途端に甘さを含むのだ。

「で、ギアッチョさん、行かないんですか?」

ナマエが不思議そうな顔で俺の袖を引く。クソがよォ~~ッ!!!あざといっつー言葉を知らねェのか!?俺の方が背も高いから、自然と俺を見上げるナマエに今更庇護欲めいた物を感じる。

「クソが!行くぞ!」

「……?はい」

バカみてェに意識してるのが俺だけのようで悔しかったから、ナマエの白い手を無理矢理取って歩く。その手が小さ過ぎて逆に心臓が高鳴って、そうしたらナマエが追撃するように「ギアッチョさんの手、おおきい」と舌足らずで微笑むから、俺は暫くナマエの顔が見られなかった。

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