傍に立つもの

館の外に出る事は余り無い。出て行く必要性を感じないからだ。ただ、最近は漸く周りが落ち着いてきた事もあって、手持ち無沙汰な時間を抱える事も増えてきた。エジプトには様々な遺構があり、文化がある。という訳で。

「観光に行ってくる」

「なりません」

何となく反対されるのは分かっていたがまさか即答されるとは思っていなかったので目を瞬かせる。テレンスは怒ったように腕を組んだ。

「いけません、観光などと。まだこの辺りの地理も良く把握していないでしょう。何かあったら、」

「何かあっても私にはスタンドがある」

「…………、完全な像も無いのにですか?」

痛い所を突かれて口籠る。テレンスたちが言うスタンドという物を、恐らく私は生まれながらに持っていた。そしてそれが私を100年生かしたのだ。そうでなければこの長命に説明が付かない。しかしあくまで恐らく、というのは「それ」を見た事が無いからだ。

私は私のスタンドの実体を見た事が無い。そしてテレンスやダニエル氏のようなその固有の力も知らない。結論付けるにつまり、私のスタンドは未完成という事なのだろう。だからだろうか。テレンスは私が外出する事に反対している。

「カイロの治安はそれ程悪くないだろう」

「ナマエ様のように世間知らずが滲み出ている方が一人で出歩けるような街など有りはしません」

「むぅ……、これでもロンドンでも有数の貧民街出身で、身を守る術は知っているしボクシングでディオに勝った事もある」

何だかとても失礼な事を言われた気もするが、この際無視をしてテレンスに向けて拳闘の構えを取ってみる。私は今は昔、それは強かった。強かったと言うより容赦が無かった。今でこそ成長したが、当時は加減を知らなかったから向かってくる相手を必要以上に打ちのめしていた。ジョースター家に引き取られてからは下手に警戒されないように大人しくしていたが、私の本質は暴力だ。

「全て過去の事でしょうに。今は何処からどう見ても良家のご子息ですよ」

「だが生まれ持った性質は変えられない。なあ、テレンス。ここにいたってつまらない。夜には帰ってくるからさ」

「しかし……」

渋い顔で考え込むテレンスにダメ押しを入れてみる。近付いて、腕に触れて、見つめる。「大人たち」が言う事を聞いてくれる笑顔を作る。

「心配なら、君がついてくれば良い。一緒に行こう?」

覗き込むように彼の瞳を見つめる。その理性が揺れるのが見えた。

「ねえ、偶には息抜きも必要だろう?手が離せないなら命令してやるよ。『私について来い』って」

「し、かし、DIO様からナマエ様を、外に出すなと言いつかっていて……」

「なんだ、じゃあ他の奴を誘うよ。ちょうど昨日ダニエル氏が私を訪ねて来たからさ」

駆け引きは深追いしては駄目だ。捕まえられそうで捕まえられない事が最も重要なのだ。そしてテレンスの性格上、私という存在を兄上に盗られる事は我慢がならないだろう。私が身を翻してテレンスから離れようとするのを、思った通り彼は引き留めた。

「お、待ちください」

「何?早くしないとダニエル氏も忙しいと思うし」

「い、今抱えている仕事が、あと30分で終わりそうなのですが、そこまでお待ちいただけるなら……」

握られた手が汗ばんでいるのが分かる。何かとても後ろめたい事でも伝えるかのように、彼はとても目が泳いでいた。何だか見ていて可哀想だったので私を引き留める手に自分のそれを重ねる。

「本当に?嬉しい。待ってるから、早く片付けて来て」

更にダメ押しと、その薄い唇を奪ってやるとテレンスは面白いくらいに真っ赤になって何度も頷くと、身を翻して走って行った。曲がり角の向こうから何か大きな音がしたから、もしかしたら誰かとぶつかったのかも知れない。その相手はすぐに分かった。ホル・ホースが首を傾げながら歩いて来たからだ。

「オッ、ナマエの旦那じゃあねェか。コイツはついてるな」

「旦那は止めろ。テレンスと正面衝突かい」

くすくすと声を上げて笑うとホル・ホースは更に訝しそうに首を捻った。

「なんだァ、アイツは?珍しく前を見て歩いてねェし、ぶつかったのに嫌味の一つもねェのさ」

「あはは。さっきデートの約束を取り付けたからね。今は残った仕事を片付ける事にしか頭に無い」

笑みを深めると肩を竦めたホル・ホースが私に纏わり付くように肩を抱いた。

「聞き捨てならねェな。俺にはつれねェクセにあの執事にはご褒美かい?俺ァこんなに、アンタのために身を粉にして働いてるってェのによォ」

「ふうん。じゃあ私のためにもっと頑張ってくれ。そうだな、新しくお友達を1人連れて来てくれたらお前とも遊んでやるよ」

抱かれた肩の手を撫でて彼の方を見上げれば、ホル・ホースは締まりの無い顔で笑っている。馬鹿にされているような気がして目を細めるが彼は私の頭を乱暴に撫でると一歩身を引いた。

「イイな、やっぱり俺のモノにしてぇ。アンタさえ頷いてくれるなら今すぐ連れ去っちまいてぇぜ」

「ダメに決まってるだろ。私はここを離れない。今はな」

「ははぁ、口説き落としてやるから楽しみにしてろよ」

にやにやと楽しそうに、彼について行ったらどんなメリットがあるかをホル・ホースが語るのを話半分に聞きながら、テレンスを待つ。ちなみにカイロのお勧めを彼に聞いたら、目を瞬かせた後「ハン・ハリーリは有名って聞きやすがねェ」との事だった。

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