受け入れる全ての子らに鞭打つ

女共に囲まれたナマエが穏やかに笑っていた。どの女も蕩けた瞳でナマエの関心を引こうと躍起になっている。俺たちといる時は何処が笑いのツボかもよく分からねェ奴が、一癖も二癖もある裏社会の女をこうも簡単に手玉に取れるとは。ナマエの意外な特技に舌を巻く。

ナマエは殺しこそ慣れているようだが、それ以外は全くと言って良い程経験値が足りなかった。場数を踏ませるため、という名目で今は色々な種類の任務を、ナマエのスタンド能力を見極めるという名目で色々なメンバーの組み合わせでこなしている。今回は女が絡む任務だ。

今まで女絡みの任務は大体が俺に回って来た。向き不向きってモンがあるからそれについてどうこう思った事は無いが、やはりただ殺すのとは訳が異なる神経を使う作業だ。それをナマエと分担出来るなら、と考えてから俺は標的に再度注視する。

澄ました表情で女王然として振る舞う女は、組織とは異なるルートで麻薬を売り捌こうとしたらしい。詳しい事は知らされねェ。俺たちはただ殺すだけ。

今回俺がナマエに与えた指示は、「出来るだけ多くの女の関心を引く事」だった。ナマエはマンモーニだが黙ってればそれなりに目を引く。ただ立っておくだけでも及第点だとは思ったが、俺の思った以上の成果をナマエは出した。

その成果は標的に届くまでに。

女王然とした女がナマエに視線を止め、意味深に見つめるのが見える。ナマエもその視線を敏感に感じ取り、囲まれた女たちを器用に撒いて標的の懐に入り込む。

標的はナマエを今夜の若い燕と定めたのか、明らかにねっとりとした視線や手付きでナマエに触れていく。ナマエもナマエで雰囲気を盛り上げるように、女に触れたり言葉を掛けたりしている。女がこそりとナマエに耳打ちしているのが見えた。

さり気なく俺の方に視線を遣ったナマエは、薄く微笑むと女と連れ立って会場を後にした。別に此処で殺したって良かったのに(俺のスタンド能力ならそれが可能なのに)、ナマエは「殺すのは一人で良い」と譲らなかった。別に標的が死ねば後はどうでも良かったから俺が折れた形にはなったが、手間の掛かる奴ではある。

上階にある標的の部屋に連れ込まれたナマエが出てくるのを待つ。ナマエの殺しについての安定性は評価している所だから心配はしていない。思った通り五分も経たずにナマエは部屋から出てきた。ドアが閉じる前に中に目を遣ると、女が倒れていた。動く様子は無い。

「どうやって始末した?」

「深い眠りに落としてから首を締めました」

「ったく、締め殺すのは確実じゃあねェって教えただろうが」

ナマエは見るからに非力だ。そんな奴が自分の体重と同じかそれよりも上の相手を絞め殺すにはかなりの力と時間が必要になる。念の為、と部屋に入り女に拳銃を向ける。三発脳天にブチ込んでナマエの方を振り返れば、ナマエは驚いたように目を丸くしていた。

「せ、せっかく美しいまま御国に行けるように配慮したのに……」

「あァ?マンモーニがよォ、失敗は許されねーんだ。分かってんのか?お前の出来る確実な方法で何が何でも殺せ。お前が志願して来たのはそういう世界だ」

ナマエは何も言わない。聖職者だか何だか知らねェが、この世界で甘さは命取りだ。ナマエはいつか一人で仕事をするようになるのだから。

「オメェはどうせ女だから、とかくだらねェ事で『配慮』とやらをしたのかも知れねェが、この世界に女も男もねェんだよ。ルールを破れば死ぬ、それだけだ。この女はルールを逸脱した」

「はい……」

グレーの瞳がゆるゆると俺を見る。形の良い眉が下がっていて、見るからに萎らしくなっている。ペッシに対しては殴って教え込む事が多いのに対し、ナマエに教える時、俺はそうしない。

一つにはナマエの顔が武器になるから、というのがある。それは天性の才能とも呼べる。実際今回のようにその顔を使って標的の懐に入り込む事もある。そのために殴らない。仲間にはそう言っている。

だがその実でどうもコイツを殴る気が起きない、というのもある。何故かコイツを前にするとそういう気が萎むのだ。今までそんな事など無かったのに。不可思議な変化だ。ナマエの持つ独特の雰囲気がそうさせるのか。

ナマエは俺の様子を窺うように、上目で俺の表情を見ている。まるで悪戯がバレた餓鬼みたいに。ため息を吐いたらナマエの肩が揺れた。

「別にもう怒ってねェよ。次から気を付けろよ」

「……!はい!」

俺がナマエの髪をかき混ぜるように撫でるとナマエは明らかに嬉しそうに顔を緩ませる。犬みてェなその顔を見ているとどうしても毒気が抜かれてしまう。俺はそういうタイプじゃあねェと思ってたんだがな。

俺に纏わり付く様子は色気など微塵も感じさせない。その癖、殺す瞬間にコイツは毒々しいまでの色香を振り撒くのだ。本能が「欲しい」と疼くくらいには。

思った以上にはナマエの事、気に入ってるのかも知れねェな。

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