任務の無い昼下がりに何をする訳でもなく街をブラついていた。何もする気が起きない。18時間後に任務が入っていたから、派手に遊ぶ事も出来ない。無い無い尽くしで仕方なく、バールでダラダラしていると道の向こうに知った顔がいる事に気付いた。
ナマエだ。アイツは昨日任務から帰って来たばかりだから暫くは暇なのだろう。声を掛けに行こうかとも思ったが暫く眺めておくだけにしておこうと思い直す。何故ならナマエの隣にギアッチョがいたからだ。
ギアッチョは面白い事にナマエをかなり意識している。まあナマエが所謂イイ奴なのは認めるからな。顔も良いし、煩ェ事も言わねェし、無害だ。俺もナマエの見た目は気に入っている。
通りを歩くナマエを擦れ違う男も女も皆振り返る。ナマエは主張しない癖に目立つからな。それをギアッチョが威嚇して回るのだ。見ている分には面白い。ナマエはギアッチョの様子には気付いていないのか、雑貨屋の店先のオブジェを気にしてギアッチョの袖を引いて、奴を呼び止めた。ナマエの野郎、ディ・モールト分かってやがるよなァ。あざとい。
此処からでは何を言っているのかは聞こえないが、ナマエが手のひらに乗せた何かをギアッチョに見せている。前から思っていたが、ナマエは他人への心理的距離感が非常に近い。そして心理的な距離がそのまま身体的距離になる。つまり、懐っこい。犬みてェな奴だ。
ぼんやりとナマエを見ていると、俺の視線に気付いたのか、ナマエがきょろきょろと辺りを見回してから、俺の方へ視線を遣る。目が合った時のナマエの笑顔はまるで暗殺者には見えない。そしてギアッチョの手を引いて俺の方を指差すナマエには見えなかっただろうが、ギアッチョの顔ときたら暗殺者も裸足で逃げ出すだろう。笑っちまうぜ。
「メローネさん!」
「よォ、ナマエ。ギアッチョとデートかよ」
「ハアァ!?」
いつもならギアッチョの拳が飛んで来ても可笑しくはねェが、今日はナマエがいるからかギアッチョの顔が歪むだけで済んでいる。良いな。今度からギアッチョを揶揄う時はナマエも呼んでおこう。
「デート?」
一方でナマエは首を傾げてギアッチョの方を見る。何かギアッチョが哀れに思えてきたぜ……。ギアッチョも何と言って良いのか口を二、三度開閉させてから「違ェよ!!!」と怒鳴った。まあ今更そうだとも言えねェよな。それなのにナマエは眉を下げて「悲しいです」って顔をして見せる。
「なんだ、違ったんですね。残念です……」
「っ、あ、否っ、ちがッ……。っ、笑ってんじゃねェ、メローネ!!クソがよォ~~ッ!」
「まあまあ、落ち着けって。『デート』の邪魔して悪かったな」
わざと「デート」と強調してやれば、ギアッチョは耳まで赤くする。怒りのせいかも知れないので、そろそろ揶揄うのは止めにしよう。ナマエに助けを乞うように視線を向ければ、ナマエは察し良くギアッチョの肩に手を置く。
「そうだ、せっかくだからドルチェを食べに行きましょう。この通りを下った先にスフォリアテッラの美味しいお店があるってホルマジオさんに教えて貰いました」
ねえ、良いでしょう?
甘えたようなナマエの声に、ギアッチョも「仕方ねェなァ~~」なんて言いつつ乗り気だ。甘いモン嫌いな癖に。どさくさに紛れてナマエの白い手まで掻っ攫って、俺には挨拶も無しにナマエを引っ張って行く。
ナマエは引っ張られながら俺に向かって「では、また」と手を振った。俺も緩く手を振り返してからすっかり冷え切ったカッフェを一口。それから先ほどの二人に思いを巡らせた。
ギアッチョはナマエに惚れてるようだ。まあ、二人で仲良くやってる場面もよく見るし、俺の知らねェナマエの情報でも持ってるのかも知れねェ。時折暇な時間が重なれば、ギアッチョがナマエを誘っているのも見かけるし、ナマエも人当たりが良いからギアッチョの誘いも拒まねェしな。
ソルベとジェラートの事もあるから俺は同じチームの仲間同士だからって煩く言うつもりは無い。だが何か面白くない事は確かだ。なんとなくだが、ナマエは誰の物にもなって欲しくないというか。自分で自分の感情を言語化する事が難しい。まるで俺がナマエに惚れてるように聞こえるがそんな訳はない。
ただ、ああいう「幸せそうなおめでたい奴」が、人を愛したり人に愛されたりするのが妙に虫酸が走るだけだ。俺たちと同じ穴の狢の癖に、妙に清潔ぶったその言動が癪に障るだけ。
俺は余りそういうキャラには見えないから、この思いをナマエに気付かせた事は無い。仲間にもだ。でもただひたすらに願っている。
いつかナマエが俺たちの足許にまで堕ちて来る事を。俺たちみたいに汚ねェ手をもっと汚して、汚ねェ顔で醜く笑う事を。世の中の人間が誰も信じられなくなって、誰も大切にせず、誰からも大切にされず一人で死んでいく事を。
俺はただひたすらにそう、願っている。
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