ナマエがアジトにいるとすぐに分かる。まずアジトが騒がしいからだ。配属されたばかりの新人だというのに、ナマエはすぐにチームの中心になった。仕事が出来るからとかそういう理由じゃあない。(勿論仕事もこなせているが)何というかナマエの「放っておけない性質」に皆が引き寄せられている、というのが真実か。事実あれ程ナマエを毛嫌いしていたギアッチョもいつの間にかナマエの動向をチラチラといつも見ている。分かりやすい事だ。
二つ目は、ナマエ自身がよく物音を立てるのだ。暗殺者というのは人の目を盗んで仕事を行うのだ。そんな奴が足音を立てたり躓いたりと、何というか鈍臭いというか……。
後はナマエはよく歌う。エスプレッソを淹れている時も、掃除をしている時も、書類に目を通す時ですら。下手ではなく聞き苦しくもないから放っているがあれは無意識なのだろうか。
今朝も仮眠室の掃除をしながら歌っているから、意識して聞いてみれば煙突掃除人の歌だった。まあ、あながち間違いではないが。
「…………楽しいのか?」
「……!リーダー!」
気配を隠していたつもりは無かったが、ナマエは気付いていなかったらしく大袈裟なくらいに驚かれた。配属された当初は感情が平坦な奴なのかと思っていたが、そうではなかったらしい。それなりに笑うし驚く、普通の人間に見えた。
「掃除は好きですよ。皆さんが気持ち良く眠れると思うと」
「……手伝おう」
ナマエの手から箒を取ると、途端にナマエは慌てた。俺より幾分も低い身体があたふたしている。
「あの、もう、終わるので」
「……?ならば余計に二人でやった方が早く終わるだろう」
箒なんて久し振りに持った気がする。床を掃くとナマエが目を丸くした。俺が怪訝な顔をしているのに気付いたのか、ナマエは慌てた様子で雑巾を手に取った。
「リーダーに面倒を掛けるつもりでは無かったのですが……」
「別に面倒だとは思っていない。ここを使う事が多いのは俺だからな」
「…………いつもお仕事お疲れ様です」
労わるような視線が俺の目を見た。特徴的な俺の瞳を直視する人間は少ない。だから珍しいと思った。他人の瞳の色を知るのは。
「何か歌ってくれ」
「…………はい?」
無言で作業をするのもつまらないので、そう言えばナマエは首を傾げた。俺がそんな事を言うとは思わなかったのか、ナマエは少し困ったように眉を下げてから口を開いた。
「Ninna nanna, ninna oh,」
子守唄だと気付いたのは半分くらい聞いてからだった。遠い昔に歌って貰った記憶があったかも知れない。もう思い出せない昔だ。
歌が進むにつれてナマエは興が乗ってきたのか、俺の周りをくるくると動き回る。雑巾で埃を払って行きながら、子供を寝かし付ける歌を歌う。
「il mio bimbo addormentate!」
歌が終わった時ナマエは声を上げて笑った。何がそんなに面白いのか問うと、ナマエは穏やかな笑みで「楽しかったから」と言った。
「…………楽しい。何故?」
「何故?リーダーとお話できましたし、お掃除も手伝って貰って、歌も歌いました。楽しい事が沢山あったらもっと楽しくなりませんか?」
くる、と芝居がかった仕草で、その場で回ったナマエは微笑んでみせた。俺にそんな表情を見せる奴は珍しい。元々の風貌のせいもあるし、生業のせいもある。だがナマエは一切躊躇わなかった。躊躇わず俺に対して友好を見せた。
「俺と話すのが楽しいのか?」
「…………?はい。知り合いと話すのは楽しいでしょう?」
まるで当然といった様子だ。初めて会った時の事を思い出す。あの時も思った事だ。世に擦れていないこの感性で、ナマエは数多を殺して来たと言う。その言葉を信じないではなかったが、少し気掛かりだった。その感性でこの生業を続けて行けるのか。
「リゾットだ」
「……はい。リーダーのお名前はリゾットさんです」
「そうだ。俺の事は名前で呼べ」
「リゾットさん」
「そうだ。お前は知り合いを役職で呼ぶのか?」
少し意地悪く問えばナマエは少し考えてから「呼ばないです、リゾットさん」と言った。物分かりが早い事にナマエの頭を撫でてやる。何故かいとこの事を思い出した。
「ホルマジオさんもプロシュートさんも私の頭をよく撫でます。マンモーニと子供扱いするんです」
リゾットさんもですか……?
子供扱いを拗ねているのか、少し不本意そうなナマエは唇を尖らせる。その仕草が余計に子供らしさを強調する。何の気は無しに質問を投げた。
「ナマエは幾つだ」
それは資料には書いていなかった。任務遂行には特に必要無い情報だったから無視したが、「知り合い」というのは恐らくこういう会話もするだろう。ナマエは目を瞬かせた。
「19歳です。内緒ですよ!本当なら25歳にならないと神父にはなれないのですから!」
書類を誤魔化すの、大変だったんですよ!1、2年ならともかく6年も!最後の方は私の能力で力付くです!
変な所を誇るように胸を逸らすナマエに、何か呆れとは違う妙な感覚が胸に湧いた。それが何か分からないまま、俺は再度ナマエの髪を掻き回す。
「俺からしたらお前は子供のような物だ」
「なっ、リゾットさんまで!私は子供ではありません。もう成人してます!」
柔和な顔を不機嫌そうに曇らせたナマエは俺を下から睨む。俺もその目を見返してみた。グレーの瞳は、虹彩が青く縁取られていた。ナマエの白い頬に触れる。俺の物とはまるで違う柔らかな感触が返ってきて、眩暈に似た物を感じた。
「リゾットさん?」
「…………大人は、隙を見せない」
親指でナマエの頬を押した。柔らかな頬が形を変える。ナマエが何か言っていたが聞かなかった事にした。大人は隙を見せない。子供だったから「あの子」は死んでしまったのだから。
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