汝殺すなかれ

暗殺という仕事は汚れた仕事だ。それを生業にしている俺でもそう思う。だから基本的に「志願して」このチームに配属されるのは稀有だ。その稀有が起こったのだから、無論俺たちは警戒せざるを得ない。

「新人?」

「ああ。…………暗殺チームを自ら志願したと聞いた」

俺の言葉に顔を曇らせるプロシュートに情報処理チームからの書類を渡す。今までに配属されたメンバーに比べると圧倒的に少ないその紙束(とも言えない。情報は用紙半分も満たされていない)にざっと目を通したプロシュートは、「舐めてんのか?」と毒付く。俺もそう思う。

そこに記されたのは新人の名前とパッショーネ入りの経由のみ。暗殺チームに配属されるのだからスタンド使いではあるのだろうが、一切の情報が載っていない。性別、年齢、そんな簡単な事すらだ。極め付けは。

「……あのゲス野郎が関わった奴がマトモな訳がねェ」

無言の内に同意を示す。数少ない情報で最も引っ掛かったそこを再度視線で辿る。「チョコラータにより見出された」、即ち奴にある程度は気に入られたという事だ。そんな奴が暗殺チームを「志願した」と言うのだから全く胸糞悪い想像しか出来ない。

新人を紹介するという名目でメンバーを集めたが、面倒が起こりそうかも知れない。顔には出さないが、僅かに息を吐いて所定の待ち合わせ場所に向かう為にアジトを出る。残りのメンバーへの簡単な説明はプロシュートに任せておいた。

***

「………………」

「…………?」

目の前で人懐こそうに首を傾げる其奴が、新人だというのだろうか?幼さを残す顔立ちに似つかわしくない艶のある視線に細い体躯はどう見ても暗殺に向いているようには見えない。よっぽど強力なスタンド使いなのだろうか。

「お前がナマエか」

「はい。あなたはリゾット・ネエロさん」

妙に惹き付けられる声だと思った。女か或いは変声期前の少年のような、濁りの無い声が俺の名を紡ぐ。形の良い唇が僅かに笑みの形に歪められた。

「よろしくお願いします」

正直に言って、チョコラータ絡みの人間が挨拶などという文化を知っている事に意表を突かれる。僅かに眉を上げると、ナマエは小首を傾げた。幼さと妖艶さの中間を行く顔立ちに幼さが勝る。

「…………?なにか?」

「……否。……着いてこい」

踵を返してアジトへの道を行く。いつものように歩くとナマエが少し歩みを早めた。背中の気配でナマエの特徴を探る。華奢な身体は女のそれにも見える。物珍しそうにきょろきょろと裏路地を眺める姿は表の人間にしか見えない。

「物珍しいか?」

気付けばそう問うていた。声を掛けられたナマエはぱちりと目を瞬かせた後頷いた。

「ええ、養父と暮らしていた時は治安が悪いからこの辺りには来てはいけないと固く言い含められていました」

その答えが余りにも平和的で、余計な世話だろうが俺は心配になった。俺たちと此奴、全く住む世界が違うように見えて仕方がない。暗殺チームはこの世の掃き溜めみたいな世界を見る事になる訳だが。そんなチームのメンバーが「養父の言い付け」?言うに事欠いて「治安が悪い」?プロシュートではないが、これはとんだマンモーニを掴まされたのでは?と苦々しい感情が湧く。

いつまで持つのやら。それを処理するのも俺なのだが。とため息を噛み殺す。そうこうしている内にアジトに着いたので、わざと少し大仰に扉を押し開けた。

面子は揃っていたので(ソルベとジェラートは任務の時以外は分け前の話の時にしか来ないので不在だ)、名前とチームに来た簡単な経緯を説明してやる。しかし全員既にプロシュートから仔細を聞き及んでいるのか、警戒した目付きをしている。ナマエは刺々しい雰囲気など物ともしない。綺麗な笑みで「ナマエです、よろしくお願いします」と告げた。感情が篭っているようには聞こえなかった。

「へえ、顔はイイな」

メローネの手が蛇のようにナマエの肩に這う。いきなりのスキンシップにもナマエは嫌そうな顔をせず、彼に向き直る。

「あなたはメローネさん」

「ベネ!お前暗殺チームを志願したってマジ?」

いきなり切り込んでいくメローネに、全員の雰囲気が固くなる。ナマエは何ともないように頷く。

「はい。本当は親衛隊を推されていましたが、私には難しかったのです」

「難しかったあ?どういう事だよ」

「自分を守る事は出来るのですが、有事の際にボスを守るのが難しくて」

怪訝な顔のイルーゾォにナマエはあっけらかんと告げる。自分に向けられる攻撃を躱わしながら他者を守るというのが出来ませんでしたと言うナマエ。……つまり。

「全く戦闘慣れしてねェって事か?しょうがねェなぁ~!そんなでやっていけるのかよ、オメェ」

「大丈夫です。殺す事は数え切れないくらいしてきましたので。私は一人で完結する方が性に合っているようです」

人も殺した事が無いような小綺麗な顔で当たり前のようにそう言うナマエからは嘘の臭いは嗅ぎ取れない。だが、ハイ、そうですか、と信用する事も出来ない。仕方なく口を開く。

「では力試しも兼ねて早速任務に入ってもらう。本来ならホルマジオに当てる筈だった任務だ。ホルマジオ、ナマエの能力を精査しろ」

「しょうがねェなァ~~!んじゃ、よろしくなぁ、ナマエ」

「よろしくお願いします。ホルマジオさん」

「敬語はいらねーぜ。これから背中を預け合うかも知れねーんだ。もう詳細は貰ってる。説明してやるからついて来な」

「分かりました。頑張ります」

暫くはチームの雰囲気に慣れさせてやるつもりだったが(実際ペッシは配属されて暫く経つがまだ仕事はしていない)、成り行きで任務を与えてしまった。そこで日和るようならそれまでの人材だったと思えるのだからそれで良かったのだが、ナマエは呆気無く頷いてホルマジオについてアジトを出て行ってしまった。この世界でも特に深い所にいる奴にはあるような芯のような物がいまいち見当たらねェ奴だと思った。流されて生きていくような、何処か不安定な感じを受ける。

「なんだ、アイツ?ぼやっとしててすぐ死にそうじゃあねェか」

「スカした顔しやがってェ!ナメてんのかァァ!」

ギアッチョが苛立たしそうにローテーブルを蹴る。テーブルにあったエスプレッソを避難させたプロシュートが苦々しそうに口を開く。

「それはホルマジオが判断すんだろ。使い物にならねェなら……、その時は」

残りは言わなくても全員分かっていた。使えない人材、足を引っ張る人材は「間引く」必要がある。

全員の内心が一致しているだろう事にビビったペッシが顔を歪ませて唇を震わせる物だから、兄貴分のプロシュートが蹴りを入れていた。

ホルマジオとナマエが戻って来たのは翌日の昼過ぎだった。警戒心の強いターゲットだったため、長引くだろうと予想していたが意外な事に俺たちは素直に驚いた。更に驚いたのはホルマジオが予想以上にナマエを気に入った事だろうか。

「すげェやり易かったんだよ、マジで」

ナマエの肩を抱きながら、なァとナマエに同意を求めるホルマジオは、元々外面は悪くないが、新人にする以上の可愛がりをナマエに見せている。ナマエは相も変わらず和かな表情に無感情な声で「それは良かったです。またよろしくお願いしますね」と言った。そしてホルマジオから敬語はいらねェと釘を刺されていた。

ちなみにホルマジオは他のメンバーが幾らナマエの能力を尋ねても一切の事を口外しなかった。(「言えねェんだよ。ナマエに聞いてくれや」)

こうして暗殺チームに10人目のメンバーが配属されたという訳だ。

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