片割れ捜し

双子の兄がいた。生まれ落ちた時からそれはこの世の何ものにも代え難い半身であった。誰からも顧みられない、クソみたいな幼少期であったけれど、どんな苦痛も屈辱も兄がいたから耐えられた。兄がいなければ私は既にこの世から消えてしまっていただろう。それはきっと兄も同じだ。これは奢りではない。確信である。私たちは二人で一つ、決して別たれてはならぬ存在なのだ。生まれる前の手違いで母の胎の内で二つの存在としてこの世に堕とされたが、だからこそ私たちは別たれてはならぬ。私たちは元は一つの存在で、たとえ兄がどのような道を歩もうと、たとえ私がどのような道を歩もうと、私たちの道は必ず交わり合って一つとなるのだから。

「分かるかい、テレンス。私たちは無二の存在だったのだよ」

夕暮れの暗い部屋に灯りを入れたダービーの横顔に私は声を掛けた。部屋は暗くて手元の書物はもう一節も追う事が出来ない。丁度読む気も無くなった頃だったから本を閉じるとダービーの手が恭しくそれを受け取って、元あった棚にしまった。

「ええ。ナマエ様の兄君のDIO様と、今こそナマエ様は一つになられるのです」

「そう。どうしてかな、100年前、私はあれだけ強い絆で結ばれた兄が死んでしまったと錯覚したんだ。たった20歳程度の若造だったからかな。そういえば今の君と同じくらいだったよ」

「……錯覚しても仕方ありません。大西洋の只中に船の爆発で沈没など、俄かには……」

強い灯りが目を刺して、目を細める。赤い瞳は強い光に弱かった。冬になるとよく、銀雪に乱反射する陽光で目を瞬かせていた私に兄さんは影を作ってくれたっけ。

「私はね、テレンス。きっと兄ならそうは思わなかったのではないかと思うんだ。私が『そう』なったのなら、きっと兄は最短で私を救いに来る。だのに私ときたら少し寄り道をし過ぎた」

「そう、かも知れません。ですが、漸く、漸く我々は見つけたのです。DIO様の眠られる寝台の場所を」

傍に控えるダービーの神経質な指先が恐る恐るといった様子で私の手の甲をなぞる。兄の眠る場所を特定するという成果を出した彼は「ご褒美」を期待しているのだ。そして配下に餌を遣るのも私の務めである。長きの眠りから目覚めた兄が何を成そうとしたとしても、心強い配下は必要である。ならば私が次に成すべき事は、彼の兄君のように言うなれば如何に有能なカードを集めるか、と言ったところか。

指先でダービーに跪くように示す。すぐに期待したような瞳が私を見上げる。ゆっくりとした動作で彼の頬をなぞってやる。喉が鳴るのを抑えられないのか、彼の発達した喉仏が上下するのが無遠慮な灯りに照らされて見えた。

「ご褒美をやろう、テレンス。何をして欲しい?」

私はどんな顔をしているのだろう。昔から、この手の行為をよく望まれた。幼い頃から兄と同じくらい見目が良く、その方が金を稼ぐ効率が良かったから私は大人相手に「そういう事」をして日々を暮らしていた。

年端もいかぬ私のような餓鬼だとしても、言われた事を言って、してやれば、大人たちは顔を蕩けさせて何でも言う事を聞いてくれた。全く滑稽だとは思うがね。私のやり方に勿論兄は反対した。誰かに阿るような生き方は矜持が許さなかったのだろう。だが幼い私にとって、汚い「大人たち」を私の掌で転がせる事は何より溜飲を下げた。あの「素敵な家庭」に引き取られるまでの間、私は確かにお貴族様にも引けを取らないくらいに傅かれていたのだ。

「ぅ、あ……」

恍惚とした表情で唇を振るわせるダービーの頤をゆっくりと持ち上げる。彼はいつも核心を口にしない。というより出来ないのだろう。慈悲を乞うような瞳の色など正に臆病者のそれだ。焦らしてやっても良かったが、あまり遊んでやるのも可哀想なので戯れに顔を近付けてやれば、待ち切れないとばかりに唇を奪われる。許可は出していないが、まあ、それだけの働きはしたので許してやる。触れるだけの児戯のようなそれを何度かした後で、彼は期待をしたように薄く唇を開く。だが。

「流石にそこまでは許していない」

「っ、」

下唇を舌でひと撫でして離れれば、打ち捨てられたような瞳が私を見る。かつての「大人たち」のような目に笑ってしまう。手を伸ばして彼の形の良い耳を指先で弄んでやる。

「続きは兄と対面してからさ」

惚けているダービーをそのままに、一人掛けのソファから立ち上がる。外はもう真っ暗だ。人間は明るい時間にしか動かない。あの船乗りたちも出航は3日後と言っていた。それまでは、せいぜい兄を迎える準備を抜かりなくしておかなければ。

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