並び立つお二人は、とても美しかった。私の主人であるナマエ様と、その兄君のDIO様。私の知っている陳腐な言葉ではとても言い表せないその神々しさが、私の心を打ち震わせた。
「ディオ、僕を、覚えている?」
「ナマエ……。……久しい、な。なぜ、」
いつも怪しい程の色気を振り撒くナマエ様の、やけに無邪気な顔に見てはいけない物を見てしまったような気持ちになって、思わず目を逸らした。
DIO様の無骨な指先がナマエ様の頬にぎこちなく触れる。感触と温度を確かめるようなその触れ方に、ナマエ様は顔を歪めてDIO様の腕の中に飛び込んだ。
「ナマエ……」
「ごめんね。迎えに来るのが遅くなって……」
DIO様の巨躯が華奢なナマエ様の身体を潰すように抱き締める。そしてナマエ様はその温もりを確かめるようにDIO様の厚い胸に身体を押し当てる。二人は暫し互いの温もりを交わして、そして見つめ合い、DIO様はまるで当然の事のように、ナマエ様に口付けた。
「……、ん、ディ、オ……」
それは本能に訴えかけるような光景のはずなのに、酷く神聖な光景に見えた。いつもより随分と余裕の無さそうなナマエ様の腰を抱いて、DIO様は彼を貪る。私はそれを、ただ見ている事しか出来なかった。
「……っ、あ、ディオ、……っ」
「ナマエ……。我が、半身」
まるで恋人同士のような熱っぽい視線が絡まり合っているのが居た堪れない。まるで私の事など見えていないかのような二人の振る舞いに肩身が狭い。微かな水音を残して二人は離れる。それでも吐息の交わる距離で、彼らは言葉を交わし続けた。
「何故、ここに?」
「分からないんだ。ウインドナイツ・ロットで、僕は確かにディオ、君の後を追ったんだ。それなのに、僕は、」
眉を寄せるナマエ様をあやすようにDIO様の指が彼の金糸を弄ぶ。ナマエ様もDIO様の指にその細い指を絡める。
「僕は生きてた。ずっと、100年。ディオ、君を探してた」
「ナマエ、」
DIO様の腕の中に顔を埋めるナマエ様は、その腕の中で瞳を巡らせて私を見て、そして幸せそうに微笑んだ。
「ディオ、紹介するね。彼はテレンス。僕の友達で、君を探すのを手伝ってくれたんだ」
「友達……」
DIO様の目が私を映す。まるで今初めて気付いたと言わんばかりの瞳だった。底冷えのする、私の事を何とも思っていない顔。
「っ、テレンス・T・ダービーと、申します……」
それ以上言葉が出なかった。圧し潰されそうな重圧に顔をほとんど上げられなかった。DIO様は恐らく、私を見定めるように睨め付けているのだろう。全身の筋肉が強張って、身体が小刻みに震えるのを押し留めるのに苦労した。
「友達……、そう、か。友達、か……」
ナマエ様の元を離れたDIO様の足音が聞こえる。船底を見つめるしかない私の視界にDIO様の爪先が入ってくる。顔を上げても良いのか、そもそも上げられるのかも定かではない。必死に震えを押し殺すしかない無様な私にDIO様が屈み込むようにして私の顔を覗き込んだ気配がした。
「私のナマエが、世話になったようだな?」
耳に吹き込まれるような艶やかな低音が恐怖とは異なる感情を私に湧き起こす。ナマエ様に負けずとも劣らずのそのカリスマ性は、やはり兄弟の為せるが術なのだろう。その声に全てを差し出したくなった。
「そうだよ、テレンスにはお世話になったんだ。だから食べちゃあダメ」
「…………分かっているさ」
恐ろしいまでの重圧が少しだけ、軽くなる。まるで術を解かれたように、私の中に正気が戻って来る。心臓が速く高く鼓動を打っていた。
きっとナマエ様の忠告が無ければ、DIO様は私を喰らっていただろう。それを無かったかのように哄笑するDIO様に、ナマエ様が追随するように声を上げて笑った。この場で異質なのは、「普通」の私の方であった。
軽い足取りでナマエ様が私の目の前に膝を突くから、畏れ多くて平伏した。
「頭を上げて、テレンス。傅かれるために、君を連れて来た訳じゃあないんだから」
細い指先が私の肩に触れる。俯きながら身を起こせば、ナマエ様の美しい紅玉のような瞳が笑みの形に歪んでいた。
「これから、沢山のカードを揃えないといけない。ディオと私が永遠に、一緒にいられるように。…………私たちのために、それを集めてくれるね」
問い掛けの形をしているそれは、命令であった。そして私は身命を賭してその命を叶えなければならぬ。手始めに。
「まずは拠点をお作りになるべきかと」
「ああ、良いね。世界中を見て回って決めようか。ディオ、君は寝ていたから知らないだろうけどさ、この100年で随分変わった所もあるんだよ。僕が色々と教えてあげよう」
「フン……」
教師ぶって見せるナマエ様に面白くなさそうに鼻を鳴らすDIO様。お二人のそのお姿はただの普通の兄弟のようであった。至高の存在であるお二人のはずなのに、何処か気安さすら感じてしまう。
あまりに微笑ましくて少しだけ顔が緩んだら、それを目敏くDIO様に見つけられて、ナマエ様には分からないようにキツく睨まれた。恐ろしい話である。
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