私の一番

仰々しい棺は100年の時を経ても「中身」を守ってくれているようだった。海賊崩れに金を握らせて「それ」を引き上げさせた。懐かしさに顔が緩む。壁一枚を隔てて、漸く私たちは巡り合ったのだ。嗚呼、早く会いたい。兄に、ディオに会いたい。その肌に触れて、その生を確かめたい。

棺を早く開けろと喚く男たちを宥めさせるためにダービーに目配せする。まだ、日は落ちていない。用意させた酒で宴を開かせる必要があった。高い酒に目の色を変える男たちが、馴れ馴れしい手付きで私の酌を要求するので仕方なく付き合ってやる。私が腰を抱かれて引き寄せられるのを、ダービーが不快感露わな顔で見ている。今にも彼らに殴り掛かりそうなのを視線で押し留めた。

男たちは浮かれていて何を飲んでいるのかも気付いていないようだ。用意したのはとても度数の強い酒だ。ひと瓶開ければ昏睡状態にすら陥るような。

1時間もしない内に随分と静かになった船室で、疲れた身体をソファに沈める。ため息を吐けばダービーが甲斐甲斐しく私の持つグラスに水を注いでくれた。

「……ありがとう」

「……もう少し、御身を大切になさってください。あんな下衆に気安く触れられて、」

男たちに触れられた腰にダービーの神経質な手が回る。怯えるような迷いのある手なのに、有無を言わせず私は彼の元へ引き寄せられた。

「早く夜にならないかな」

「……あと、30分もなく日没でございます」

「兄は、ディオは私が分かるかな。もしかしたら、気付かないかも、」

「まさか、そのような事があるはずございません!無二の半身、なのでございましょう」

辿々しい指先が、ナーバスになっている私の指先に触れた。そう、私はナーバスになっている。100年別たれた半身が、私の事をとうに忘れてしまっていたらどうしようなどと。

「そう、だね……。きっと、大丈夫。私はディオの事を一時だって忘れた事は無かった。ディオとてそれは、同じ。…………そうに、違いない」

ダービーの指先を握る。私の物より大きな彼の手が私の手を包み込んだ。彼の目は揺れていた。

「ナマエ、様」

彼の言葉はその目の色のようだった。芯が無く不安げなその声に視線を遣る。ダービーは私の手を握ったまま、自分の元へ引き寄せる。

「ナマエ様」

「テレンス……?」

視線が絡み合い、彼は私の許しを得る事も無く私の唇を掠め取った。いつもは薄氷の上を歩くような探り探りの動きをする癖に、今日はやけに大胆な動きだった。

「っ、ん」

「は、ナマエ、さ、ま」

ソファの肘掛けに身体を押し付けられる。流石に肩を押して、彼と距離を置く。唇が濡れてひやりとした感覚に肩が揺れた。

「……どうしたんだい?」

「っ、申し訳ございません……」

彼は恐れるように身を引いて、まるで泣きそうな顔をする。迷い子のようなその顔に彼が何を言いたいのかはよく分からなかった。だが彼が何かに対して不安を感じているのは分かった。船室の外に目線を向ければ大きな夕陽が水平線の向こう側に隠れようとしている。少しずつ暗闇に包まれていくダービーの瞳には、はっきりと憂いが見えた。

そうして思い至る、彼の感情に。仕方なく唇を引き結んで笑顔を作った。こうすれば、誰も何も言えないのを私は知っていた。それから、彼が私に何を言って欲しいのかも、手に取るように分かった。

「……何を心配しているんだ?兄を引き上げたからといって、お前を蔑ろにする訳がないだろう?」

「……っ、」

「テレンスがいなければ、私はここまで辿り着けなかった。テレンスがいたから、私は兄と再会出来る訳だ。良くやってくれた、感謝しているよ」

指先でダービーの目尻から頬にかけてをなぞってやる。彼は何かを堪えるように唇を噛んでいた。ダメ押しとばかりにその唇の端にキスしてやる。こうしてやれば、どんな大人も私の言いなりだった。案の定、彼は喉奥から締められたような音を出して、何も言わなくなった。……扱いやすい男だ。

「さあ、テレンス。兄の寝台を開けてくれ」

「……かしこまりました」

まだきっと、何か言いたい事があるのだろうがダービーは言葉を飲み込んだようだ。私も最早何も言うつもりも無い。ダービーが私に手を差し伸べるのを取って身体を起こす。

「ナマエ様」

「なに?」

「私は、ナマエ様の……」

ダービーの言葉を促すように頷いてやる。受け入れるような表情を見せた私に、彼は目に力を入れるように顔を強張らせた。何度か唇を開閉させて、彼の喉奥から音が溢れる。だがそれは最後まで吐き出される事は無かった。

「私はナマエ様の、一番の、」

沈黙が落ちる。ダービーはまだ、何か言う事を躊躇っているようだった。仕方なく言葉を引き取ってやる。

「そうだね。一番の配下だ」

甘く微笑んでやれば、ダービーは目に見えて瞳を輝かせる。分かりやすい人間は好きだ。欲しがるものを与えてやれば良いのだから。私にとっては、何を考えているか分からない「あの人たち」の方が、ずっと苦手だった。私たち兄弟を本当の子供のように受け入れてくれた、「あの人たち」が。

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