リゾットが分け前について話があると言うので、アジトに向かえばそこには既にナマエがいた。何故かソルベとジェラートの間に挟まれている。
「ナマエよォ…………、コイツらの間に座るなんざ良い度胸だよなぁ」
「違うのです。初めてお会いしたので少しお話ししていたら、良く分からない内にここに座らされていたのです」
いつも感情の見え難い顔を僅かに困惑に歪めるナマエの肩にソルベの顎が乗る。ジェラートはそんな二人を纏めて抱き込むように肩を寄せる。むさ苦しい男たちの間にナマエのような華奢で儚げな奴が座ったら、まぁ少しはマシになるかと思って俺はナマエの向かいに座った。
「お二人とも近いです……。ホルマジオさん助けて」
「ソルベとジェラートが他の奴にベタベタしてんのは初めて見るからよォ。まぁ辛抱しろや」
呆気なくナマエを見捨てた俺にナマエから剥れた顔と視線が投げられる。ナマエの興味が自分たちに無いと分かったのかソルベとジェラートの表情がつまらなそうなものになる。
「ホルマジオから聞いたが、お前聖職者ってマジか?」
ジェラートが気怠げな目をナマエにやる。問われている背景がよく分からなかったのか、首を傾げて頷くナマエにソルベが凭れ掛かるように体重を掛ける。
「へえ、俺は聖職者って奴は低俗で薄汚れた最低の奴らばかりだと思っていたぜ。ナマエみたいのもいるとはな」
ナマエの亜麻色の髪に鼻を埋めて、その香りを吸い込むソルベにナマエは擽ったそうに身を捩る。ジェラートがナマエの白い頬に手を滑らせる。ソルベのゴツい手がナマエの細い腰に回る……。
「オメェらここがアジトだって分かってんのか?せめて仮眠室でしろや」
「仮眠室があるのですね」
「ほとんど使わねェけどな。仕事が溜まったリゾットが時々使ってるぐれェだろ。何が楽しくてアジトに泊まらなきゃなんねーんだ」
「分かります。私もクリスマスのミサは毎年教会に泊まり込みです。自宅が落ち着きますよね」
ナマエの言葉で俺はナマエが司祭の姿で寂れた教会に佇んでいるのを想像する。……何つーか、エロい。俺の頭の中を当然ながら知らないナマエは、ホルマジオさんもソルベさんもジェラートさんも是非お祈りにいらしてください、とのんびり言った。俺は行く気は無かったが、ソルベとジェラートは妙に食い付きが良かった。
***
報酬はいつも通り、というか今回は思ったより少なかった。いつも通り少なかったが、思った以上に少なかった、という事だ。一人頭150も行くかどうかといったところだ。ギアッチョは相変わらずブチギレていたし、ギアッチョでなくても今回のは少な過ぎると苛立ちを隠せない。サクッと報酬を分け合って各々が根城に戻るなり、散財しに行くなりアジトを後にした中で俺とナマエは残っていた。ナマエは失望したかなと思って目線を遣る。
「少ねェだろ、ナマエ?暗殺チームを志願した事後悔してんじゃあねェかァ~?」
少し冗談めかして言ってみる。まぁ後悔したところで後悔先に立たずという話ではあるのだが。ナマエは俯いているから表情は見えない。ゆっくりと顔が上がる。少し困ったような顔でナマエは俺を見た。
「ナマエ、」
「ホルマジオさん、私こんなに自由に使えるお金を持ったの初めてです」
「…………はァ?」
「どうしましょう!今まで100万リラさえあったら、礼拝堂の屋根を直せるのになあ、と思っていたのですが、こんなに簡単に手に入るなんて……!なんせ住人がいないので寄付もなかなか集まらず……!」
悩ましげに眉を寄せるナマエは気が昂っているのか、いつもは青白い頬が赤く色付いている。口の中で何やら呟いているが、恐らく初報酬の使い途を考えているのだろう。
「屋根、いや、オルガンも調子が悪いし……、でも最近炊き出しも出来ていないし……んん、」
「オメェよォ~~自分で稼いだ金くらい自分の事に使えよなァ。ったく、しょうがねえなァ」
暗殺チーム所属の癖に聖職者なのかと思ったが、ナマエの本質は多分聖職者の癖に暗殺チーム所属なのだろう。ガシガシと乱暴にナマエの髪を掻き回す。
「俺が金の使い方っつーやつを教えてやるからよォ」
「使い方?」
「暗殺で稼いだ金なんか、教会に流すなよなァ。汚ねェ仕事で稼いだ汚ねェ金だろ?」
肩を竦めてナマエを見る。此奴はそういうところに忌避感は無いのかと意外に思ったが、ナマエは不思議そうに俺の目を見つめた。
「…………?労働に、貴賤があるのですか?」
本当に不思議そうな目だった。グレーの瞳の奥に俺が映っているのが見えて、何故か酷く腹の奥がゾワリとした。
「…………っあるんだよ。世の中には汚れ仕事っつーのがな。そういうので食って行くっていうのは後ろ指差されんだよ」
「…………、」
納得行かなそうなナマエの手を取って無理やり立たせる。何だか俺の方が居た堪れなくなってしまう。
「ほら、俺が奢ってやるからパーっとどっかで一杯やろうぜ」
「…………はい。私はお酒を飲んだ事が無いので楽しみです」
……此奴に人間としての娯楽を教えてやるのが、当面の俺の役目かも知れねェな。
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