鏡を通して見るは一部

鏡に触れたナマエの手を許可したら音も無く沈んだ。驚いて手を引こうとしたのにその手は抜けなくて、ナマエは驚愕に目を見開いている。

「イルーゾォ、趣味悪ィな」

「えっ、えっ、えっ、イ、イルーゾォ、さん?」

プロシュートが鏡の中の俺に向かって話し掛けるのを見て、ナマエは鏡に片手を突っ込んだまま、おろおろとしている。なかなか可愛いじゃあねェか。

許可されたナマエの手に悪戯に触れると、鏡の向こうの世界から頼り無い悲鳴が聞こえた。柔らかい手を擽るようになぞる。指先から手のひらまで。それから指の股の間。爪の生え際をなぞった時に俺の悪戯を阻むように指が握り込まれたが力が弱過ぎる。

のそりと鏡から上半身だけ出すと、「ひゃあ!」と間抜けな声と共にナマエが手を振り払ってプロシュートの方に隠れた。

「か、鏡の中から……」

「ああ、ナマエは見るのが初めてだったか?あれがイルーゾォのスタンド能力だ」

プロシュートの背中から顔を覗かせて此方を窺う様子は何時ものナマエのようには見えない。盾にされたプロシュートも満更でもなさそうだが、冷静を装っている。

「何だァナマエ、怖いのか?マンモーニかよ」

「ち、違います!びっくりしただけです!」

「どっちにしてもそのビビりようじゃあマンモーニだな」

「だってイルーゾォさんが変な触り方してきたので!」

ナマエの一言で急に旗色が悪くなる。口にはしてねェが、プロシュートの野郎は意外とナマエの事を買っている。仕事が出来て、気も遣えて、何より目の保養になる。男だか女だか知らねェが、イタリアーノは綺麗なモノには目がねェからな。ペッシ程守ってやる必要は無さそうだが、それにしたって目を配ってやっている。

「イルーゾォ……、聞き捨てならねェなァ?」

「おーおー、兄貴分がお怒りだ。退散するとするぜ」

鏡の中の世界に戻る。暫くプロシュートと何か話していたナマエだったが、話終わるとまた鏡の前に来た。グレーの大きな瞳が興味津々と言った様子で鏡の中を覗き込んでいる。

「イルーゾォさん?……?いない?」

「いるぜ」

「ひゃ!」

呼ばれたから出てやったのに、そうしたらまたビビるから、俺は再度プロシュートに睨まれた。良い加減俺が殴られそうだったので、ナマエの全てを許可して鏡の世界に招き入れた。

「わ、アジトだ。あ、でも全部反対ですね。鏡の中なんだ……」

きょろきょろと辺りを見渡して、現実世界にいるプロシュートに手を振るナマエ。許可した奴にしか見えねェから意味ねェけどな。

「鏡の中の世界なんてあったんですね……」

驚いた、という様子でしみじみと口にするナマエを改めて観察する。亜麻色の髪は柔らかそうに結われている。シニヨン、というやつだろうか。本当に女みてェな奴だ。髪色と同じ亜麻色の長い睫毛に縁取られたグレーの瞳は、今はきょろきょろと興味の赴くままに動いている。何処か小動物にも似ているようなその仕草は男としての本能を擽るような何かがある。

「イルーゾォさん」

「ん、何だよ」

「私もさっきのやつやりたいです」

「さっきの?」

少し照れたように「さっきの」を説明するナマエには配属された当初の距離感は感じられない。慣れた、という事なのだろうか。まあ、着実に他の奴らにも気に入られているみたいだしな。

「つまりなんだァ?俺みたいに半分許可されたいのか?」

「はい。プロシュートさんに見て貰います」

「しょうがねェなあ」

仲間の口癖がつい出てしまう。ホルマジオがなんだかんだでぼやきながらもナマエの「お願い」を聞いちまう理由が分かった気がする。

「わ、見てください、プロシュートさん!」

「ん、…………おお。楽しいかよ」

「鏡の中の世界、初めて入りました!」

「そーかよ。良かったな」

全く相手にされていないような気もするがナマエは気にする事も無くはしゃいでいる。プロシュートも何も言わねェどころか新聞を読むその口許が僅かに持ち上がっている所を見ると満更でも無いようだ。

「あ、でもイルーゾォさんが言うには、イルーゾォさんが許可しないと私このまま半分だけだそうです」

これ、カンキンに使えますね!

和かにそう言われると何故か凄く嫌だ。否、そういう使い方をした事もあるんだが。虫も殺せねェような顔した奴にそう言われるとなんか嫌だ。顔を顰めていると、リビングのドアが開く。任務からメローネが帰ってきたようだ。

「おー、ナマエ、何してんだ?」

「あ、メローネさん。イルーゾォさんに『カンキン』されています」

「はあ?イルーゾォお前、俺を差し置いてナマエと監禁プレイかよ。誘えよ」

「嫌だ。お前だけは鏡の世界には許可しない」

「プロシュートさん、カンキンプレイって何ですか?」

「マンモーニは知らなくて良い事だぜ」

これ以上するとメローネが煩そうだったので、ナマエの下半身を鏡の世界から締め出す。少し残念そうなナマエがまた、鏡を覗き込むので鏡から少しだけ手を伸ばして前髪に隠れた額を指で弾いてやった。

「痛い!」

驚くナマエにザマァミロと思った。俺の気も知らないで。

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