恋文めいた

私が鯉登さんと意思疎通の方法を手に入れてからというもの、鯉登さんは何度も私と筆談をしたがった。それはもう、少しうざ、じゃないしつこいくらいに。でも、鯉登さんのあのきらきらとした少年のような笑顔を見てしまうとどうにも断れず、私は今日も今日とて懐紙に鉛筆を走らせる作業に勤しむのであった。

しかしながら。

(鯉登さんは、…………、えー、鯉登さんは……、えーっと、えー……、)

しかしながらもう、ネタがねえ!

そもそもそんなに仲が良かった訳でもない私たちは(意思疎通が出来たのもこの数ヶ月だ)と言うか私は早々に話すネタを失ってしまいもう話が振れなかった。しかも鯉登さんはポンコツ……じゃない恥じらいが深いのか私が話を振らなければいつまでも私の事を見つめて動かないので必然的に私から話を振らなければいけないのである。ていうか話したい事があるから私を筆談に誘うんじゃないのか。

(えーっと、あー……、っ!そうだ!)

はっと閃いて懐紙に鉛筆を走らせる。鯉登さんが何となくそわそわしているのが分かる気がする。そろそろあなたにもネタ振りしてもらうぞ!!

(今日は、鯉登さんが私に聞きたいことを、教えてください、っと)

書き終えた懐紙をずい、と鯉登さんに突き付ける。目を瞬かせてそれを読んだ彼に私は得意げに微笑む。

「いつも私ばかり鯉登さんに質問しているので、今日は鯉登さんが私に質問する番ですよー!」

そうだ。会話と言うのは双方の協力の下で成り立つ訳で私が一方的に頑張ったって仕方ないのだ。今日は鯉登さんが頑張る日だ。きゅ、と鯉登さんに微笑んで見せれば鯉登さんは顔を真っ赤にさせて狼狽える。彼が、「私が?」という仕草をして見せるので大きく頷いて懐紙を更に押し付ければ鯉登さんは顔を顰めながら鉛筆を持って懐紙に向かう。姿勢は相変わらず良かった。

(何聞かれるかな……?)

少し楽しみでもあって私は隣に座っている鯉登さんの手元を覗き込もうと少しばかり彼の方へ身を寄せる。私の二の腕と彼の二の腕が少しばかり触れ合った時だろうか。

「――――――!!!!!」

「っ!?な、なんですか!?」

大仰に仰け反って私からめちゃくちゃに距離を取る鯉登さんに不意を突かれて物凄く驚かされる。慌てふためく私の肩をぐわし、と握った鯉登さんは必死な形相で何事かを口にするも当然私には理解できない。

「筆談してくださーい……」

「っ!」

懐紙と鉛筆をそっと渡せば鯉登さんは煩わしそうに何文かを懐紙に書き殴って私に押し付けた。

(婦女子が気安く男の身体に触るんじゃない!なまえは無防備すぎる!!もっと自覚を持て!!!)

「…………はあ、」

気の無い返事をする私に鯉登さんは苛立ったように私の手の内から懐紙を奪い取るとまた何かを書き付けて私に渡す。懐紙の文字は今や酷く乱れていた。

(それでなくとも私はなまえを好いているというのに!!!)

「…………え?」

はあはあと肩で息をしながら必死の形相で私を見つめる鯉登さんに目を瞬かせる。何の話?鯉登さんが、私の事を、好いているだって?

「え、えっ、え!?」

「……っ、」

「待って、本当に私の事好きだったんですか!?」

「は!?」

あ、今のは分かった。初めてだ、鯉登さんの言葉が分かったの。まあそれは置いておいて、以前の勝手に口付け事件(未遂)のお陰で何となく彼が私の事を好いているような気がしない訳では無かったがまさかマジなのか。あれ以来特に言葉にも行動にもされてないからてっきり遊びだったのかと思っていた。私の言葉に衝撃を受けたような顔をする鯉登さんは慌てたように鉛筆を持って懐紙に殴り書きする。ちょっと、あんまり乱暴にすると破れちゃう……。

(当たり前だ!ずっと「好いている」と言っていたではないか!!)

「え!?いつ!?」

予想外のお言葉に驚きを隠せない。しかも話題が話題なだけにどことなく照れ臭くて頬が熱くなってしまう。なんの罰なのだ、これは。

「~~~っ、!」

「わ!?ちょ、ちょっと!」

私と鯉登さんの会話にあまりに齟齬が発生するせいだろうか。鯉登さんは焦れたように私の手首を掴むとなんとその逞しい腕の中に私を引っ張り込んだ。鯉登さんの硬い胸板に鼻をぶつけてしまって少し痛い。涙目で、でもこの状態を誰かに見られてしまえば誤解必至なので逃れようともがくけれどそれ以上の力で引き寄せられてしまってそれは叶わなかった。

「あの、鯉登さん、……?」

突然、背中に触れられる感触があって身を竦ませる。鯉登さんの右手が私の背中を這っていた。何かされるのかと思って抵抗しようとすれば彼の左手が私の頭を落ち着かせるように撫でる。びく、と躊躇いながらも背中を這う手に意識をやれば、どうやらそれは「意図」を持って動いているようだった。

(……す、?)

子どもの頃に遊んだ、背中に文字を書いて伝言する遊びと同じ要領なのだろうか。鯉登さんは何度も何度も私の背中に文字を書いていた。

す、き、だ、と。

それしか言えない彼の飾り気の無さに苦笑すら漏れてしまう。だって彼の憧れの鶴見さんならばもっとロマンチックで歯の浮くような台詞を言えるだろうし、彼と仲良しの(そう言うとあの人はため息を吐くかもしれない)月島さんならばもっと情熱的な台詞を言えるかもしれない。

でもただひたすらに好きだと、そう言う鯉登さんの事がどうにも素敵だと思ってしまったのだから私も相当に浮かれているのかもしれない。そっと鯉登さんの背中に右手を這わせる。ゆっくりと彼の広い背中に書く私の返事が分かったら、彼はどんな顔をするだろう。

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