グレーゾーン金利

無理やり手を引かれて、歩かされている。何でこんな事になったんだっけ、と考えたが、よく分からな過ぎて考える事を放棄する。本当にあれよあれよと事が運んだのだ。いつものように勤め先の茶屋で給仕をしていたら、「彼」がやって来て、少し内証で話をしたらいつの間にか店主である旦那さまと話が付いていた。つまり私が「彼」に身請けされたと。

目の前で私の手を引く男の背中を見る。当然ながら私よりも大きい。しかも軍人さんだから体格も良い。周りに年頃の男性がいない私からしてみれば、その体格の良さは少し怖いくらいである。それでも意を決して声を掛けようと思う。

「あの、」

「あ?」

いや、怖すぎる。彼の事は知っている。尾形百之助。軍人さんだ。時々私の勤めている茶屋に来る。でも正直それくらいの事しか知らない。向こうも多分私の事なんて殆ど知らないだろう。なのにいつの間にか勝手に身請け話が進んでいて(というか多分あれは彼がその場でやった事だろう。だって旦那さまも本当に驚いていたから)、自分の事なのに私が一番驚いていた。

「え、えっと、身請けって、」

「あ?そのままの意味だろ」

「え、だから、なんで……」

「あ?」

「な、何でもないです……」

怖すぎる。店に来てくれていた時から何を考えているかよく分からないし怖いと思っていたけども。尾形百之助は苛立ったようにため息を吐くと、私の方を見た。多分彼はそんなつもりじゃないだろうけど、睨まれているようで身体が竦む。

「分かるだろ、ついて来いって言ってんだよ」

…………全然分からない。というか何処に?何故?

何がどうなってそうなったのか理解が出来ず、私がオロオロしているのが分かったのか、尾形百之助は後頭部を乱雑に掻くと「名前は?」と聞いた。…………え。

「わ、私の名前も知らずにこんな事を……」

「仕方ねえだろ。勢いなんだからよ。で?名前は?」

「…………なまえ、です」

言わなかったら殺されそうだったので、仕方なく名乗る。私の名前を何度か口にした尾形百之助は、私に向き直る。私は半泣きである。言わねばならない事がある。勇気を振り絞った。

「ど、どうしてくれるんですか……!私、あのお店にお金を借りているのに……!!」

そう、両親の店が傾きかけて、私は両親の友人が営んでいるあの茶屋に奉公に出る事でお金を借りているのだ。私が働かなくなったら借金は……。恐ろしくて半泣きである。このままではお金を貸してくれた旦那さまの期待も両親の期待も裏切ってしまう。それなのに尾形百之助は呆れたように笑うのだ。

「それなら俺が肩代わりしたぜ」

「………………は、はい?」

「だから、お前の借りた金は俺が全部肩代わりしてやったって言ってんだよ」

時が止まる、とはこういう事を言うのではないだろうか。目の前の尾形百之助は確かに日本語を話している筈なのに、全く理解が出来なかった。物分かりの悪い私を嘲るように鼻で笑った尾形百之助は、「つまり今度からお前が金を返す相手は俺になるって訳だ」と言った。

「えっ、えっ、え……」

「だが俺は鬼じゃねえ。お前と取引してやっても良い」

「話の展開が分からない……」

混乱しきりの私を置いて尾形百之助は話を続ける。全く理解の能わない話であったため、何度も聞き返す事になったが、要約するとこうだ。肩代わりした金を払うか、彼の妻になるかどちらか選べと。

「えっ、えっ、えっ……!?」

恐ろしい事に要約が出来るくらい理解した筈なのに、何を言われているのか全く分からなかった。というか理解する事を頭が拒否していた。要するに今度から彼に対して借金を返済するか、彼に嫁いで借金を帳消しにするかのどちらかを選べと言われたという事で合っているだろうか?

「…………お、お金返します」

「ああ?」

「え、ええー……」

当たり前の選択をした筈なのに、目に見えて尾形百之助の機嫌が下降した。意味が分からな過ぎる。あれなのか?尾形百之助は私なんかを妻にしたがっているという事か?

「つ、妻にはなれません……!お金なら何とかして必ず返しますから……」

「ああ?トイチだぞ?」

「ぼ、暴利……!」

もう訳が分からない。半泣きである。あまりに取り乱す私を見て流石に良心が痛んだのか尾形百之助は不本意そうに腕を組んだ。

「それかもう一つ条件を加えてやっても良い。これから俺は旅に出るんだが」

「は、はい……」

「俺について来るならまあ、肩代わりした借金は帳消しにしてやるよ」

究極の選択である。見も知らない男からトイチで金を借りるか、見も知らない男に嫁ぐか、見も知らない男と旅をするか。

「じゃ、じゃあ……トイチで……」

「ああ?」

「ご、ごめんなさい!やっぱりついて行きます!」

トイチを選んだ時の殺気立った瞳が怖過ぎてすぐに手のひら返しをしてしまった。だって死にたくない……。尾形百之助は満足そうに頷くと、私に向かって手を差し出した。

「行くぞ、なまえ」

…………どこに?

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