いつも外でしか会わないコルサが家に招いてきた。しかも分かり難いけど、少しばかり思う所があるような様子で。うわ、マジか、ってちょっと思ってしまった。
選択肢は二つにひとつだ。別れ話か、関係性の発展か。なんでそんな両極端な二者択一かとも思うが如何せんコルサは分かり難い。マジで何考えてるのか分からん。想いを告げて来られた時もそんな素振りをかけらも見せられた事が無かったから、比喩じゃなく声が出た。彼が不機嫌になったのは言うまでもない。
まあそれは兎も角として選択肢の話だけれど、私としては後者であって欲しいが、恐らく前者なのではないかと思っている。彼は芸術以外に持てる物がとても少ない人だからきっと私が重荷になったに違いない。…………まあ、重荷になるほど触れ合った記憶もあまり無いような気もするが。それにこの間少し言い合いをした。内容は他愛も無い事だけど彼と言い争いをしたのはそれが初めてだったので少しナイーブになっているのもある。あと、どうも感情の大きさが釣り合ってない気がする。私ばかり、好きな気がする。その他エトセトラエトセトラ……。
思い当たる節は沢山あって、残念だけど、それはそれで私たちらしいなと思ってしまったのでお荷物はとっとと退場してしまおうと思う。もしこのまま彼の事が好きなままだったら、私はきっとボウルタウンに移住してしまっていただろうから傷が浅い内で良かった気もする。
とまあ、ここまでが前提である。
「お邪魔しまあす」
コルサの後に続いて、彼の家の玄関扉を潜る。居住エリアという私的スペースに入った事は無かったので少し、いや結構緊張する。コルサは存在を確認するように私を一瞥すると私を伴って部屋の奥へと入っていく。そこかしこに未完の作品が落ちているのを想像していたが、廊下を含め逆に物が少な過ぎた。
「モデルルームみたい」
「モノが多いのは好かん」
でもリビングのテーブルに以前私があげたキマワリがモチーフの変わった形の置物があってかなりどきりとした。そんなにキマワリが好きだったのか。
言葉少なにソファを指差されて座る。コルサはコーヒーを淹れてくれるようで座らずにキッチンへ向かったようだ。ぼうっとその様子を眺めてみる。気の無い様子でコーヒー豆を挽き出したので、かなり手持ち無沙汰だ。なんかこれって死刑宣告を引き延ばしてるだけな気がする。
「コルサー」
「……なんだ」
「コーヒー要らない。本題に入ろう」
早く別れ話でも何でもしてくれ。そして私を惨めな失恋女にしてくれ。はあ、と息を吐く。一方のコルサはキッチンに突っ立ったまま眉間に皺を作っていた。
「…………本題、とは?」
「言いたい事、あるんでしょ」
もう分かってますよ、という顔をしてみる。惨めに泣き喚く事はしない。消え去るなら潔くだ。もうヤケクソである。
コルサは喉に物が詰まったように咳払いをしてから私の許にやって来て、隣に、座った。
「え!」
「何を驚いている?」
いや驚くだろ。これから別れ話をする人間の距離じゃない。私の対面にも大きいソファあるんだからそっち座りなよ。悟られないようにゆっくり動いて距離を空けたら2秒でそれをつめられた。
「あの、コルサ……、」
「……なんだ?」
向けられた瞳にはめちゃくちゃ強い光が宿っていた。その光が私を意気地なしにさせる。いや、近いんだって。
暫し見つめ合う私たち。何の時間なんだ。コルサは私の瞳を見透かすように見つめた後、疲れたようにふう、と息を吐いた。
「キサマが、」
「あ、はい」
コルサの話が始まったので居住まいを正す。さあ、神妙にお縄についた罪人に沙汰を喰らわせてくれ。
「ワタシと同じ思いだったとは、正直、思わなかった」
「いや、同じじゃないとは思うよ。でもまあ、コルサがそうしたいなら、まあ、仕方ないかなって」
まさか望んで別れたいと思われていたとは心外だ。まあ私なんていてもいなくても彼の人生には一切影響を与えなさそうだからな。仕方ないと言えば仕方ない。
勝手に一人で納得していると、がしりと肩を掴まれた。痛いな。こんな事をしてくるのは、目の前の男しかいないのでコルサの方を非難の目で見れば彼は凄く微妙な顔をしていた。
「っ、キサマは、」
「コルサ痛い。加減して」
「…………、」
苛立ちを隠しもせずコルサは私の肩を掴む手から力を抜く。骨軋んだぞ。何気なく掴まれた所をひと撫ですると、その上から骨張った手が重ねられた。
「あの、この手は……」
「っ、キサマは、仕方なく……」
これまでの別れ話とは少し違う展開に私は混乱している。今まで何度か別れを切り出したり切り出されたりしたけど、いずれも凄く淡白で用件言ったらはい、終了って感じだった。だから余計な触れ合いを求めるコルサが異種に見える。
コルサは苛立ちともどかしさとその他沢山の感情が混ざった顔をしている。言いたい事は言ってくださいと目で促すと、彼は吐き捨てるように言った。
「…………キサマは、仕方なくワタシに抱かれると言うのか?」
「…………………………は?」
時が止まった。いや、止まったと言うより壊れた。十五秒前からやり直したい。誰が誰と何だって?
「…………何の、話?」
「ワタシがキサマを抱くつもりで此処に呼んだという話だ」
「…………聞いてないけど、」
「はあ!?」
いや、言ってないでしょ。部屋に呼ばれたのだって作品がどうのって話だったじゃん。コルサはムックルが豆鉄砲喰らったような顔で記憶をひっくり返しているのか視線を忙しなく動かしている。
記憶検索中のコルサを見ながら、今更ながら彼のストレートな物言いを反芻する。では、今日、私が、彼の自宅に、呼ばれたのは。
「……言ったぞ!確かに言った!『一日空けておけ』と!」
「いや、分かんないよ……」
ストレートだったり回りくどかったりコルサの振れ幅がやばい。というか今の話を総合すると選択肢は後者だったのか。
「コルサ。なんかね、色々と噛み合ってないみたい」
「…………どういう意味だ」
拗ねているのか口をへの字に曲げているコルサの身体の方へ少しだけ重心を傾ける。彼の匂いがして、温もりが近くなった。背中に細いけど力強い腕が回る。
「ううん、何でもない。私の勘違いって話」
要領を得ない私の言葉にコルサは返事はしなかったけれど、背中に回っている手のひらが熱い。上目で彼を見たら、彼も私を見ていた。どちらからともなく唇が触れ合って離れる。
「キサマが乗り気でないなら、」
「ううん、私も、したい。あ、でもベッドの方がいい、かな」
言うが早いか抱き上げられる。細身に見えて鍛えている。さすがネイチャーアーティスト。ふわりと優しく降ろされたベッドはコルサの匂いがもっとして、覆い被さってくる彼の匂いと混ざって目を瞑ってしまうとコルサに包まれているみたいだった。
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