「…………わお、」
「っ、ナマエ!良い所に!!」
アトリエの扉を開けたら、コルサが吊られていた。何を言っているのか分からないとは思うが、私もよく分からない。いつも持っている茨みたいなロープで楽しそうに遊んでいる。
「緊縛ごっこ?楽しそうだね。私はやった事無いけど」
「馬鹿か!助けろ!」
コルサのエキセントリックな趣味は今に始まった事では無いので、真っ先に思い付いた可能性を口にするがどうやら違ったようだ。まあ、普通に想像するに制作に夢中になってロープが絡まっちゃったんだな。
苛々と鋭い目をいつもよりもっと鋭くさせて、コルサはロープナイフのある場所を教えてくれる。なんだー、つまんない。恋人の新しい一面なんてそうそう見れるモノじゃないから期待したのに。言われた場所にあったナイフを手に取ってコルサに近付く。
じっとコルサを観察する。爪先が付くか付かないかの位置に引っ掛かって不貞腐れた顔をしている。私が来るまでにも相当格闘したのか、ロープはぎちぎちに彼に絡まっている。うーん、なんか可愛く見える。写真撮りたいなあ。でもそれをやると多分もう二度とアトリエに呼んでくれなくなりそう。
「どこ切ったら良いのかなあ。間違ってコルサを切らないように気を付けないと……」
「何処でも良い!」
「そんなに怒らないでよお」
少し悩みながらコルサに近付く。彼の腕の方に纏わり付いていたロープに触れる。少し引っ張って、緩みがある事を確認してから、隙間からナイフを差し入れその刃を当てる。
「痛かったら言ってね」
ナイフの刃を当てて強く力を込めるが中々切れない。元々そんなに力も無いし、これは骨が折れそうだと顰め面をして見せると、コルサも同じような顔をしていた。
「えっ、痛かった?」
「違う!」
「怒るなよお。…………すぐ連絡してくれれば、すぐ行ったのに」
ぎしぎしと嫌な音を立てるロープにコルサが顔を顰める。私が力を込める事で微妙な均衡を保っていた釣り合いが変わって変な所に力が掛かっているようだ。
「宙吊りしんどいよね、足台かなんか持ってこよーか?」
「いいから、っ早く切ってくれ」
「はーい。…………あ、一本切れた」
一本切れるとそこから少し余裕が生まれて、その後は比較的スムーズにロープを切断出来る。30分くらいだろうか、漸くある一本を切ったらコルサが落ちた。
「ぐ、っ」
「わあ、大丈夫!?」
急に落ちた事で受け身が取れなかったのか、コルサは床に蹲る。慌てて、彼の元に膝を突いて背中を撫でる。
「…………良い、助かった」
はあ、と盛大なため息を吐いたコルサだったが、私の顔を見て不機嫌そうにカウチを指差す。座れという事らしい。逆らっても良い事は無いので素直に座るとコルサは私から少し距離を取って同じように座り、当然のように私の膝に頭を乗せた。柔らかな重みが足に掛かる。
「あ、跡がついてる……」
多分恐らく絶対に、コルサは私が来る前に自分で何とかしようと格闘したのだろう。腕周辺にぎちぎちに絡んでいたロープはコルサの青白い肌に擦れたような跡を残していた。
「っ、良くある事だ。…………、おい触るな!」
「えー、かわい、じゃない、可哀想!手当てしたげるよお」
「本音が聞こえている!…………放っておけ。唾でも付けておけば治る」
うっかり可愛いって言いかけて、口を噤む。コルサってばすぐ馬鹿にしてるって怒るからなあ。私にとって可愛いは褒め言葉なんだけど。まあ、それは置いといて。コルサの手を取ってその手首に指を這わす。血は出ていないまでも違和感はあるのか、眉を寄せるコルサが可哀想なのでその傷口に口を寄せた。
「なっ!!っ何をしている!?」
「…………?唾付けたら治るって……」
ぺろ、と薄い擦過傷をなぞるように舌を這わす。私としてはコルサの言う通りにしただけなんだけど、コルサは音を立てるように私の手の内から手を引いた。
「ば、馬鹿か!?」
「え!コルサが言ったんでしょ!?」
「そうだな、キサマは真性の馬鹿だった……」
ぐったりとしたコルサの呟きに失礼だなあと肩を竦める。まあ冗談は置いておいて、擦過傷は跡が残りやすいからケアしなきゃなあと思う。
「コルサ!服脱いで!消毒しなきゃ」
「馬鹿かと言っている!少しは慎みを持て!」
わいわいぎゃあぎゃあ、これはこれで楽しいし、コルサはなんだかんだ私の言う事ちゃんと聞いてくれるからな。
結局コルサが根負けして、私に服を脱がされている最中に偶々近くまで来たからとハッサクさんがアトリエを訪れてきて、コルサだけ目も当てられない事態になったのはまた別の話だが。「おやおや、お邪魔でしたかな」なんて分かってる顔で言われたから、悪ノリしてたらコルサだけめっちゃ焦ってて面白かった。
それで後でコルサからめちゃめちゃ怒られた。
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