其は禁忌の行方を知るか

それからも、俺たちは兄妹であった。当然だ。世間は腹違いとは言え「兄妹」であるから俺たちを野放しにしておくのだ。俺たちが「兄妹」でなくなったと知られればたちまち俺の思惑とは或いはなまえの意思とは関係なく、俺たちは引き離されてしまうであろう。

あの日なまえに選択権を渡し、その選択をなまえが選んだ手前、未だ俺はなまえを手放す事が出来ない。

「しかし思い切った事をする」

「……どういう意味です?」

呆れたような、愉快そうな、そして嘲笑うかのような鶴見中尉の笑みに視線を寄越せば、中尉は肩を竦めて首を振る。憐れむような視線が、不愉快だった。月に一度の定例報告を、今日は俺の、正確にはなまえの仮住まいである花沢の屋敷でしようと言い出したのは鶴見中尉であった。

「あの娘を、なまえ嬢を自身の物にしたらしいな、尾形上等兵?」

もう知っていたのか、と半ば呆れつつも一つ頷いて肯定する。それから「こちらにも色々と事情がありましてね」と付け足せば、鶴見中尉は喉の奥で不敵に笑った。それから形の良い左手を部屋の空気に透かすように伸ばした。中尉が何か俺に言いたい事があるのであろう事は、すぐに推察出来た。この男は非常に合理的な男で、用も無いのにこうしてだらだらと時間を潰すような事をしない。反対に必要だと思える事には、いくらでも時間をかける、そういう男だった。案の定中尉は手を下ろすと、俺を見て口を開く。

「少し、昔話をしてやろう」

「昔話、ですか」

これが本題なのだろう、しかしどうせ碌な話ではない、と思った。この男が俺に話す事が碌なものであった試しが無い。俺の周りには、そういう奴らばかり集まって来る。しかし俺の内心も知らないで、中尉は記憶を手繰るような顔をする。白々しいその顔に目を細めれば、中尉は再び笑って口を開いた。

「かつて、花沢家には下男が一人いたらしい。有能な男だったそうだが彼はあろう事か主人の奥方に岡惚れして、遂には半ば強引に己の物にしてしまった。花沢中将は……、いや、その時は未だ大佐だったか?兎に角、花沢中将は大層お怒りになったが矢張り事が事だけに、内密にその下男を手打ちにしたそうだ」

中庭に面する窓に肘を突いて、鶴見中尉は鷹揚に間を取ってそれから俺を見て唇を持ち上げた。今やその笑みは嘲りを隠そうともせず、俺を見ている。鶴見中尉の結論が僅かに見えてきて、俺は俺自身にも勇作にも、俺を棄てたあの男にもこの世の全てに唾棄したいと思った。

「つまり、花沢中将は全てを知っていた事になる。そして、肝心のなまえ嬢の事であるが……あれは一体誰の子か、分かるかね?」

「…………花沢少尉殿は、御父君の子ではない、と仰っていましたよ」

「ああ、あの夢見がちな男の言いそうな事だ。証拠などありはしないだろう」

「では、花沢中将の実子だと?」

「さあ?……なにしろ、現在の医学では、それを証明するに能わないのでね。確か数年前に欧米の修道士による遺伝の研究が脚光を浴びていたが、あれとて完全なものではあるまい」

下らないと一蹴するように鼻を鳴らした鶴見中尉は一度中庭に目をやって、それから俺を見た。色の無いその瞳を見返す。暫くそうやって、俺たちは気味悪くも見つめ合っていた。

「しかしこの家の中庭は鬼灯が多い。鬼灯はあまり私の好みではないのだがね」

肩を竦めてこれで話は終わりだと言わんばかりに、鶴見中尉は立ち上がる。一応上官であるから、と腰を浮かせば中尉は「見送りは結構だ」とぴしゃりと言った。しかし、そうはいかない。この家にいるのは俺だけではないのだから。

「いいえ、なまえに可笑しな事を吹き込まれても困る。……玄関まで、お送りしますよ」

中庭に面した部屋はこの家では玄関に一等近い。右手に中庭を臨みながら中尉と連れ立って歩く俺の脳裏に、突然と嫌な想像が湧いた。

鬼灯が生薬として使われている事、その薬効を。そして俺の想像が正しかったとしてそれが一体「誰のために」使われたのかという事を。

(…………いや、)

考えても仕方の無い事だ。どの道、現時点では俺はなまえを棄てられない。そういう選択をしてしまった。或いはさせられたとでも言うべきか?兎も角、当分の間、俺はあの娘と「兄妹」でいなければいけないのだろう。鶴見中尉の、否、勇作の思惑通り。たとえそれが禁忌と呼ばれるものであろうとも。ならば見届けるまでだ。禁忌の行方を、俺の、生く末を。俺の行いの結果を。いつか来る、終わりの日まで。

鶴見中尉を送った帰り、部屋に引っ込もうとする俺を見付けたなまえが微笑んで近寄って来る。「百之助様」と表では絶対に呼ばない呼び方で俺を呼び、身体を寄せるなまえの横顔に、俺は確かに勇作の顔を見て、そして、想像以上の俺の、俺たちの業の深さに、乾いた笑いしか出なかった。

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