白い手

幼くして母を「亡くした」俺を育てたのは祖母であった。父親に捨てられ、母親にも死なれた俺を祖母は心底憐れと思ったのか、高齢で足腰も立たないくせによく俺を可愛がってくれた。それでもやはり祖母は祖母であって母親ではない。彼女はやはり、俺を育てるには齢を重ね過ぎていたのだ。

鳥撃ちから帰った俺が玄関を開けた時、そこには一人、女が立っていた。家の玄関は日当たりの悪い立地にあったせいで晴天の真っ昼間のくせにえらく暗く、そのせいなのだろうか、女の、そのひとの白い肌が俺にはどうにも浮き上がっているかのように見えた。そのひとが振り返る。白い頬が柔らかそうだった。

「……あなたが、百之助ちゃん?」

それは祖母の家の近所にある農家の娘だった。名前は知らず、関りになることも無いと思っていたが周囲からはよく働く気立ての良い娘だということは何となく聞いて知っていた。鳥撃ちの帰りに時々、そのひとが籠を抱えて帰っていくのを見かけていた。だが、それだけだった。俺はそのひとに話しかけたことは無く、ただ遠くから眺めただけであったし、そのひとも俺を遠目に見たことがあるくらいだろう。そんな接点も糞も無い俺の目の前に、なぜ。

俺の心中に気付いたのか、馴れ馴れしく微笑んだそのひとは膝を折って俺と視線を合わせた。俺とそう幾つも変わらないであろうに、俺より幾分も背の高いその人の顔が近付いてくる。綺羅綺羅とした黒い瞳が妙に俺の心をざわつかせた。

「あなたのお祖母さまから頼まれたのよ。お祖母さまが忙しい時は私と一緒に遊びましょう?」

この世の汚れなど何一つ知らないというような、そんな顔だと思った。そのひとは純真な笑顔で俺にそう言った。俺はただ俯いていた。人間など、誰も信じる気にはなれなかった。こんな、世の苦労など何も知らずに生きてきたような顔をする女は特に。

随分と可愛げのない餓鬼であっただろうに、そのひとは気を損ねることも声を荒らげることも無く俺の前に膝を突くと俺に柔らかく微笑みかけた。暗い玄関に浮かび上がるような白い頬にさあっと血の気がさして血色の良い唇が弓形に持ち上がる。俺の心をざわつかせたあの瞳が三日月形に細められて隠れたことが俺を安心させた。

「私の名前はなまえ。よろしくね、百之助ちゃん」

俺の頬を撫でた白い手はやはり農家の娘らしく固く、土の匂いがしたがどうしてだか俺には俺と俺の父のせいで死んでしまった母の手のような気がして唇を噛み締めた。

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