冬の底を越えた季節はまた少しずつ一進一退を繰り返しながら次第に暖かくなっていった。俺となまえさんの関係はあまり変わっていないような、劇的に変化したような宙ぶらりんの状態だった。彼女は時折「なまえねえさん」になって、時折「なまえさん」になった。時折俺が境界線を踏み越えそうになった事はあったけれどそれ以外は特に何も無く、俺たちはそれで良いのだと思っていた。
それでもなまえさんが時折悩むように虚空を見ている事を俺は知っていた。その本心は分からなかったけれど、俺の事で悩んでいるのであろう事は何となく分かった。俺が相談に乗ろうとしても慌てたように逃げる彼女を見れば流石に俺でも分かる。一体何に悩んでいるのだろう。俺はまた何か失敗して彼女を苦しめているのだろうか。
そうやって悩んでいる間に冬は終わってしまった。また、春がやって来た。
***
「ねえ、百之助ちゃん、お花見に行かない?」
それは酷く唐突な誘いだった。あれからずっと悩んでいる様子のなまえさんに俺が手をこまねいて、そして何も出来ずにまた言葉を呑み込んだ次の瞬間だった。淡い温度の目で俺の手に白くて小さな手を重ね微笑むなまえさんの表情は、柔らかいのに、硬かった。それは覚悟だった。ああ、俺の想いに、この中途半端な微温湯に、終わりがやって来る。そう感じた。
「はな、み、ですか」
「うん。百之助ちゃんは桜が好きだったでしょう?それに約束、まだ、守ってなかったしね」
微笑むなまえさんが差し出す手。それを取って最後、俺とこのひとはどうなってしまうのだろう。酷く恐ろしくて俺は断ってしまおうと思ったけれどそれより先になまえさんが有無を言わせず俺の手を取った。
「ね、行こう」
硬い声音が俺たちの終焉を示している気がした。俺は俺の気持ちを彼女に告白した時に「なまえさんが俺を必要としなくなるまでは」と勝手に期限を区切ったけれど今それが目の前に横たわった時、果たして無様な様を見せずにいられるだろうかとそれだけが酷く心配だった。
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