からからから、軽い音が部屋に鳴り響く。色取り取りの結紐が組み合わされて一つの組紐になっていく。私はこの光景が好きだった。ばらばらの色を持った結紐たちが私の手で一つの美しい組み紐になっていくのが。だからだろうか、昔から手芸が好きだった。物心ついた頃から針や紐や布を引っ張り出して何だかんだと突いて遊んでいた。まともなものが作れるようになってからは、母と二人して父のためにあれこれ小物を作ったものだった。
からからから、可愛らしい音を耳に結紐を組んでいく。今作っているのは音之進さんに贈るための羽織紐だ。今日の昼に音之進さんが花を贈ってくれてから、何かお礼に出来る事は無いかと思い立って夕食もそこそこに作り始め、漸く完成が見えて来たのだ。そして簡単に解けないように青地と白地の結紐を組み合わせ、結びつければ、音之進さんに似合いそうな色合いの羽織紐が出来上がった。
余った紐を鋏で切って落とし、羽織紐を両手に取る。久し振りに作ったものだったから随分と時間がかかってしまった。時計を見上げれば時刻はもう夜中の二時を回っていて、それを意識した途端に大きな眠気に襲われて欠伸を一つ零す。出来上がった羽織紐を用意していた相応の箱に入れて、上から以前作った飾り紐で封をすれば一応見られる贈り物然とした箱が出来上がった。中々いい贈り物になったのではないか。
(よし、)
会心の出来に満足したところで急速な眠気に襲われて、私は片付けもそこそこに、そのまま絡め取られるような睡魔に意識を手放した。しかし眠りに落ちたという感覚があっても暫くの間私の意識はその上部の方を揺蕩っていて、まるで夢のような映像をずっと見ていた。時折体験するこの金縛りにも似た微睡みにはいつも大抵私の家族が出て来ていた。しかし今日の登場人物は違っていた。
そこには音之進さんが出てきて、私の手を取って笑っていた。いつものように少し陰りのある大人びた笑みではなくて、まるで子供のような無邪気な笑顔で。私もとても幸せで音之進さんの手の温もりを感じて笑っていた。でも、笑っていたのに、私は何故だかとても悲しかった。とても悲しくて、私は笑いながら泣いていた。
だからなのだろうか。目が覚めた時も、私は泣いていた。それが何故かも分からずに。
起き上がって手鏡に顔を映せば、幸い瞳は充血しておらず、私は枕元に置いていた手布を使って涙を拭った。ふと、時計を見ればあと少しで音之進さんが来る時間で私は慌てて身支度をするために立ち上がったから、それきり朝の事は忘れてしまった。
「御免」
「はあい」
硬い声が聞こえてきて玄関に向かえばやはり音之進さんがいて、私は笑って彼を迎える。音之進さんも僅かに頬を緩めてそれに応えてくれたからほっとする。
「……なまえさん、昨日はよく眠れなかったのか?」
「あら、どうしてですか?」
「目の下に隈がある」
挨拶もそこそこに私の顔をじっと見つめた音之進さんは不思議そうに私の目許の辺りを指差した。ああ、これは、と説明しようとして、贈り物の事を思い出し、私は彼を驚かそうとする悪戯心が湧いてきて、少し誤魔化すように笑った。
「昨夜は読書をしていたんです。つい続きが気になってしまって」
「そ、そうだったのか……。あまり無理をしては駄目だぞ」
意外そうな音之進さんの声音に私はくすくすと笑いを堪える事が出来ない。彼を客間に通した後、少しばかり中座をして部屋へと戻る。机の上に置いてあった昨日の箱を手に取れば、今から音之進さんの驚く顔が見えるようで少しの緊張と共に期待が募った。
「お待たせを致しましたわ」
そっと音を立てないように客間に戻れば、音之進さんはまた花を見ていたのか私の方を振り返って微笑んだ。
「何をなさっていたのですか?」
「花を見ていたのだ。どの花もとても美しくて、まるであなたのようだと思っていた」
「まあ……」
しみじみと言う音之進さんは私の事など見ていなかっただろうから気付かなかったろうけれど、私の顔は絶対に朱くなっていた。用意していた言葉も忘れてしまって、出鼻を挫かれた私は何も言えず、押し付けるように音之進さんに件の箱を手渡した。
「これは……?」
「せ、先日のお花のお礼、ですわ。た、大したものではございませんけれど」
「っ、わ、私に……?」
呆然としたような音之進さんに照れてしまって頷くしか出来ない私は彼の反応も見れず、俯いていた。音之進さんは何も言わなかった。私も、何も言えなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
しかしながらあまりに長い沈黙に、私は彼の反応が気になってしまって恐る恐る顔を上げた。そして驚愕した。だって。
「……っ、」
音之進さんは泣いていたのだ。声も無く、真珠のような涙をぽろぽろと零して。
「え、あ、ど、どうされたのですかっ!?」
「う、す、すまない……っ」
みっともなく慌てふためく私の声に正気に戻ったように音之進さんはごしごしと袖で涙を拭いた。それでも目も赤く鼻声の彼に私は動揺が隠せなくておろおろと、持っていた手布を彼に差し出すしか出来なかった。
「すまない……。あなたの贈り物が嬉しくて……っ」
恥じ入るような声で縮こまる音之進さんに私は目を瞬かせてしまう。彼の大袈裟な口振りに。
「ほ、本当に、大したものじゃありませんから。あの、もう、お泣きにならないで」
音之進さんの濡れた頬を手布でそっとなぞれば、彼は潤んだ目で私を見つめた。
「私は本当に嬉しいのだ。あなたに贈られた物なら何だって大事にする」
「だからって大袈裟ですわ……!」
漸く泣き止みそうな風の音之進さんは私を見て微笑んだ。その顔にどこか懐かしさを感じた、と言ったら私はおかしくなってしまったと言われるのだろうか。
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