君、死に給えと願うばかり

それから幾らか年が過ぎて、私たちは大人になった。私は相変わらず病を負いながら何の役にも立たない生を生きていた。姉さんと「基ちゃん」の仲は順調のようだった。

そうしている内に清国との戦争が始まって、「基ちゃん」が出征した夜、姉さんが思い詰めたような顔で私の部屋を訪れた。姉さんはいつもそうだった。何か相談したい事があると、私の部屋にやって来る。きっと彼女は私の事を自らの半身とでも思っているのだろう。私は、自分の事ながら、どうか分からなかった。

「なまえ、あの、」

口篭もる姉さんに私の方が焦れて「『基ちゃん』、の事でしょう」と切り出した。途端に白い頬に紅葉を散らした姉さんに私の心はもっとずっと冷えていく。

「何かあったの?祝言を挙げようって言われたとか」

「……、」

根気強く姉さんが口を開くのを待った。重苦しい沈黙が私の部屋を支配する。呼吸の音すら悪目立ちしそうな中で私は息を潜めるようにただ、待った。

「……駆け落ち、しようって、言われたの」

「……え、」

空気が上手く吸えないような、頭の血が一気に落ちていくようなそんな気がした。視野が狭くなって、喉が絞められたように痛む。

「それで、姉さんは……何て、答えたの」

辛うじて出した声は震えていた。私は聞きたくはなかった。姉さんが何と答えたかなど。それは私からまた、奪うのだと知っていたから。

「私ね、なまえ、」

「っ、やっぱり、聞きたくない。言わないで、聞いてしまったら、私、姉さんを祝福できない」

「でも、なまえ……!」

「聞きたくないってば!出て行って!どうせ私を置いていく癖に!」

私の剣幕に気圧されたのか姉さんは何も言わずに出て行って、私はその事に勝手に傷付いた。もし姉さんが「基ちゃん」を拒絶していたら、きっと何事かは私に言うはずなのだから。

疲れてしまって、私は灯りを落として布団に横になった。暗い夜の天井に浮かぶのは「基ちゃん」の顔ばかりだった。たった一度、私を姉さんではないと見抜いただけのあの人に私は何かを期待しているのだろうか。

遠い国で命を燃やす「基ちゃん」は無事に戻ってくるのだろうか。もし戻ってきてしまったら、姉さんはここではない何処かに行ってしまうのだろうか。そして私の事など忘れて幸せに暮らすのだろうか。それならばいっそ。

私が願う事は人として最低の事なのだろう。それでも、それを聞いた時の姉さんの顔を想像したら、昏い笑いが止まらなかった。

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