手を繋いで行く道、何処へ続く

どきどきと逸る心臓を抑えて隣を歩くその人を盗み見た。歩く姿も軍人さんらしく姿勢が良く、衆目を集める音之進さんの横で、私は肩身の狭い思いをしながら前を見る事も俯く事も出来ずその中間を曖昧に見詰めていた。昨日のお誘いに(その時は)何も考えずに応えてしまったけれど、今考えると随分思い切った事をしたように思う。男の人と二人で並んで歩くだなんて、母が生きていてこの事を聞いたらひっくり返ってしまいそうだ。

「なまえさん……?どうした?」

「へ、あ、い、いいえ……」

音之進さんの不意の声にはっと意識を取り戻す。ぼんやりとしていた焦点を彼の顔に合わせると、音之進さんは酷く気遣わしげな顔で私の顔を覗き込んでいた。凛々しい顔が形の良い眉を下げた事で少し幼いものに変わる。

「何か心配事でもあるのなら言って欲しいのだ。あなたに不安な顔をさせるために共にいるわけではない」

これでもか、と私の事を心配してくれる音之進さんの横を通り過ぎるご婦人が、彼の事をちらちらと盗み見ているのを見て私は酷く居た堪れなくなった。音之進さんはきっと気にしてはいないだろうけれど、私は気にする。つまり私と音之進さんが並んで歩く事が釣り合いが取れていないのではないかという事を。

「……なまえさん?」

それでも音之進さんは私が言うまで許してくれないようだ。こんな時だけ鈍い彼を少し恨むような気持ちになりながら、私は渋々口を開く。

「……男の方と、このように並んで歩くのは、初めてで」

「……!あ、そ、そうか!それは済まない!だ、だが……私はあなたの隣を歩きたくて、」

流石に隣を並んで歩くと私がちっぽけに見える何て事は言えなくてやや暈して言葉を選べば、音之進さんの肩は面白いように跳ね上がった。慌てふためく彼の顔は赤くなったり青くなったりして、私は少しだけ私の憂鬱も忘れてくす、と笑いを零した。

「なまえさん?」

「ふふ、ごめんなさい。でも、音之進さんの慌てぶりが何だか可愛らしくて」

「か、可愛い……」

「男の方に、こんな事を言うのは失礼でしょうけれど」

私の言葉に音之進さんは少し不満げに唇を尖らせる。そういう表情が「可愛らしい」のだと、私がまた指摘しようとした時だった。

「私は、なまえさんに『恰好良い』と思われたいのだ」

「……!」

音之進さんの言葉に心臓が一つ大きく打った。音之進さんにとってみれば何気ない言葉だったのかも知れないけれど、その言葉は私が彼を意識するには十分すぎる一言だった。顔が熱くて、それを隠すために俯いた私に自分が何を言ったのか思い至ったのか、音之進さんの焦ったような雰囲気がこちらまで伝わってきた。意を決して顔を上げれば、音之進さんも存外弱ったような顔をしていて、私たちは顔を見合わせて笑った。

「行きましょう」

「だが、大丈夫なのか?」

「少し恥ずかしいですけれど、構いません。きっと年の近い兄妹とでも思われますわ」

「…………、そ、そうか」

何故か少し残念そうな音之進さんと連れ立って歩き出す。不思議な事に、彼と顔を見合わせて笑ったら、先ほど気にしていた矮小な卑屈なんて急に見えなくなってしまった。

「ところで、なまえさんは甘い物は好きか?」

「はい。世の中の女子の大半は好きかと」

「そうか!上官に美味い甘味屋を教えて貰ったのだが、男一人では入り辛くてな……」

「まあ、是非行ってみませんか?」

音之進さんの提案に私が素直に乗ると、彼は酷く嬉しそうに無邪気な笑顔を返してくれる。何の衒いも無いその顔に心臓がぎゅうと掴まれたように痛んだ気がした。

連れて来られた場所は以前から気になっていたお団子の美味しそうな甘味処だった。私がその事を告白すれば、音之進さんは嬉しそうにまた表情を緩めてくれた。

「何にしますか?」

「どうせなら全部食べてみたい」

「まあ、食いしん坊ですね」

結局音之進さんは品書きに書かれている物を上から下まで一つずつ頼んでしまったから私は可笑しさと驚きが半分半分でどうにもうまい表情を作る事が出来なかった。加えてお店の方が私たちの事を「仲の宜しいご兄妹ですね」と言った事も原因だった。あれだけ自分で言っておきながら、矢張りいざ言われると少し傷付いた。

運ばれてきたお団子は色取り取りで卓の上はまるで花畑のように色鮮やかに私たちを楽しませた。みたらし団子を頬張る音之進さんの口端に残る蜜を見付けて私がそっと懐紙でそれを拭おうと手を差し延べたら、彼は酷く動揺して物凄く咳き込んだ。それから顔を赤らめて何事も無かったように咳払いしたけれど、蜜はまだ取れていなくて私がそれを指摘したら、今まで以上に真っ赤になってしまって私もつられて顔を赤くした。

「ちょ、調子が、狂うのだ……」

「ええ?」

「なまえさんといると、どうにも恰好を付けたくなってしまって調子が狂う……」

不甲斐ないと言わんばかりに項垂れる音之進さんに私は行きがけの事を思い出してまた微笑みが漏れる。心配しなくたって良いのにと。

「……端無いとお思いになるかもしれませんけれど、わたくしは音之進さんの事、『恰好良い』と思っていますわ」

「……へ、」

「……だって御国のために尽くして下さる軍人さんですもの。恰好良くない筈ありませんわ」

口にした言葉は本心とは少し異なっていたけれど、余りに全てを詳らかにしてしまうと本当に端無い女になってしまうから、私は誤魔化すように建前を添えて、注文した餡団子を頬張った。控え目な甘さが口の中でほろほろと崩れる様は、まるで私の感情と似ているような気がした。音之進さんに感情の鎧を剥がされていくようで。

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