そしてまた幾らかの時間が経った。その間に私はまた体調を崩して床に就いた。その病からようよう回復した頃だった。
姉さんに縁談が舞い込んだのは。
相手は財閥の御曹司。願っても無い話だ。世の女にも、家にとっても。勿論選択権など無いに等しい。女にとって最も大切なのは家のために嫁ぎ、家のために子を産むことなのだから。
それなのに。
姉さんは首を縦に振ろうとしない。その理由を私は知っている。皆が口にする、「基ちゃん」の事、私はもう少し踏み込んで知っている。あの夜の事、まだ覚えている。
―駆け落ち、しようって、言われたの
今でも耳の奥に残っている姉さんの困惑したような、でも僅かに嬉しさを滲ませたような声。私には一生覚えの無い声だろう。
病み上がりの気怠い身体をそっと起こして、静かに家族がいる部屋を窺う。そこには両親と姉さんがいて、二人は姉さんを説得していた。時には少しきつい物言いで「基ちゃん」を貶める事もしているようだった。それを聞く姉さんは俯いて、大きな目に涙をいっぱい溜めて、それでも首を縦に振ることは無かった。両親はほとほと困った様子で大きなため息を吐いて顔を上げた。そして私に気付いた。
「なまえ、何をしているの。寝ていなさい」
「ええ、でも……」
「お前に出来る事は何も無いんだ。寝ていなさい」
頷くしか出来なかった。両親にとって私はずっと手の掛かる幼子で、お家の一大事に関わり合いになれるような人格など持ち合わせてはいないのだ。
そう、私はずっと、蚊帳の外。私の身体を流れるこの血が刻む生命からも、誰かの人生からも、私の人生からさえも。
この先永遠に私が主人公になれないのなら。
昏くて素敵な想像が頭を過ぎって、私は踵を返して再び両親の前に立った。怪訝な顔をする二人と姉さんににっこりと微笑んで、私は私の素敵で残酷な提案を口にした。
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