ナマエは、昔から頭の可笑しい人間に執着される事が多かった。恵まれた外見がまず多くの人間を多大に惹きつけたから、そもそも母数が多かった事もあるが、それにしても、だ。
だからこそ引き取られる前、ロンドンにいた頃、俺はなるべくナマエを一人にさせないようにしていたし、本人も一人にならないよう気を付けていた。だがまさか、リバプールに来てからも、「そんな大人」がいるとは思わなかった。
ナマエが、襲われた。
その日、ナマエは体調を崩して学校を休んだ。昼に少し外の空気を吸おうと庭に出た時に、襲われたらしい。相手の男は顔も名前も見た事の無い奴だった。俺が学校から帰って来た時にはもう、下手人は捕縛されていてナマエも無事だという事だった。
ジョースター卿からは言葉を濁されたが俺はすぐにナマエが襲われた概ねの理由を把握した。男はナマエを一目見て誘拐しようとした、そう言っているらしい。ナイフで刺して動けなくして、誘拐してそして。そして、その先は考えたくもなかった。
「ナマエ!」
「あ……、ディオ……」
一報を聞いてすぐにナマエの部屋に駆け込んだ俺をナマエは曖昧に笑って迎えた。ブランケットに包まり、ホットココアを飲んでいるのは、恐らくジョースター卿の差金だろう。それに今は部屋に誰もいないが30分前にはメイドや侍医がナマエの診察についていただろう事は想像に難くなかった。ナマエが擦り傷一つ負っているようには見えなかった事にまずは安堵する。
「話は聞いている。怪我は、」
「平気。刺されそうになった時、ダニーが助けてくれたんだ」
「…………あの犬が?」
意外な言葉に顔を顰めた俺にナマエは小さく頷いた。それから一口マグカップに口を付けた。「あまい……」とぼやくような声がするが、ナマエは甘い物が苦手だった。
「……そう。……驚いたよ。いきなりナイフで刺されそうになって、いきなりダニーが助けてくれた。何が何だか……」
マグカップをテーブルにゆっくりと置いたナマエはブランケットを身体に巻き付けるようにしっかりと羽織った。俺はその隣に座ると確かにナマエの肩を抱く。
「何も知る必要は無い。どうせ、身代金目的の誘拐だろう」
本当の事は言いたくなかった。ナマエの人生に1ミリだってそんな汚らわしい人間との関わりがあってはならないと思った。
「凄くびっくりしたんだ。だって僕はあの人の事全然知らなくて、」
「ああ、もう、大丈夫だ」
「ダニーは?ダニーは無事?ナイフを持った相手の前に飛び出して……」
ナマエは混乱しているのか、いつもの穏やかさからは嘘のように取り乱している。白い手を握ると強く握り返された。縋るようなその力に燃えるような怒りが湧いた。いつだって、ナマエは被害者だった。俺はもう二度とナマエを誰にも蹂躙させないために、そのためなら何でもすると誓ったはずなのに。
「あの犬については何も聞いていないが……、ジョースター卿は何も言っていなかった。だから大丈夫だ。お前は、お前の心配をしろ」
「…………っ。どうしてかな。震えが止まらないんだ。ディオ、此処にいて。……僕が眠るまで、ずっとずっと、此処にいて」
ナマエは俺に身体を預けるように身を寄せる。ブランケット越しではその体温はあまり感じられない。俺より小さなその身体を更に引き寄せるように抱いた。それから、昔母さんがしてくれたようにナマエの額にキスをする。
「ディオ……」
額に鼻筋に眦に頬に口角にそして唇に。それは俺たちの約束事だった。互いに互いの温もりで、俺たちはクソみたいな世界を生き抜いて来たのだ。
「何も、何も心配は要らない。俺がお前の傍にいる。……永遠にだ。誰にも、お前を傷付けさせない」
「僕をひとりにしないで……。ディオがいないと、僕は……」
俺の言い聞かせるような言葉はナマエに届いただろうか。ナマエは身体を震わせて俺にキスを強請った。乞われるがままにその柔らかな唇を奪う。俺たちがいつからこんな事をしているのかは、もう思い出せない。それが「普通」ではないという事も知っていた。それでも俺たちは、こうするしか生きて行く方法を知らなかった。
ナマエの震える身体を宥めるように撫でる。ナマエは何も言わず俺にぴたりと寄り添って縋った。それは幼い頃を思い出させた。幼い頃、父親の怒りから隠れるために俺たちは部屋の隅で寄り添って毛布を被っていた。そこは二人きりの世界で、俺たちは同じ暗闇を見ていた。言葉は必要無かった。ただ俺たちは寄り添う事でしか、生き抜く術を知らなかったのだ。
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