まるでマモニズム

ホームズさんの部屋を訪れるのは何も依頼人だけではない。倫敦警視庁の人間(でもこれは片手で数えられるくらいだけど)や時々犯罪者(御礼参り、というやつだろうか?)、それから。

「という訳で。御報告は以上になります。御満足ですか?ミスター」

このとても綺麗な情報屋さんとか。

ホームズさんの部屋のソファで紅茶茶碗を傾けているこの人は名前をナマエさんという。赤い瞳と白銀色の髪がとても綺麗な女性だ。今日は長い髪を上品に結っていて、女性らしい体躯に優雅なドレスを纏っている。一見して良家の娘さんという様相だ。顔立ちも整っていて、僕が今まで見たニンゲンの中でも一番目か二番目に綺麗だと思う。

綺麗だという事は、怒った時や不機嫌な顔がものスゴク迫力がある、という事だ。現に今のナマエさんの顔はものスゴク怖い。不機嫌と言うのとは少し違うけれど、「訝しい」というのがピッタリの顔をしている。それだけの表情なのにバンジークス卿と良い勝負、もしくは判定勝ちかも知れない。ともかく、あんなに迫力のある顔を、ホームズさんはよくやり過ごせるなあ、と僕は感心してしまう。

ナマエさんと出会ったのは本当に偶然と言えば偶然だった。偶々担当した事件の情報をナマエさんも収集していたのだ。見慣れない赤い瞳の綺麗な人が事件の周辺に現れたら目立つだろうに、何故か僕は「無罪」の判決を勝ち取るまでナマエさんの存在に全く気が付かなかった。流石にこの時ばかりは自分の目の節穴加減にウンザリしたが、なんと寿沙都さんも全く気が付いていなかったらしい。

後々知り合いとなったナマエさんに言わせると「目立たないコツ」というものがあるようだ。それは例えば服装であったり、見た目であったり雰囲気であったりする訳だけれど、つまりナマエさんはその容姿や才能(ナマエさんの「仕事」はいつも完璧だ。ウワサでは、お得意様にヴォルテックス卿もいるとかいないとか)で、倫敦中の情報を手中に収めてくるという訳だ。ナマエさんにかかれば隣人の明日の朝ご飯の予定から国家機密まで、それこそ何だって分かってしまう。例えば。

「……貴方についての噂など、御自身で集めれば良いのでは?此方としては礼金さえ御支払頂ければ仕事はいたしますけれど……」

全くもって胡乱げな目を隠そうともせず、ナマエさんはホームズさんを見遣る。対するホームズさんは何故かどこか嬉しそうだ。

「大探偵たる者、世間の評価も知っておかなければね。それで、ナマエはボクの評判を聞いてどう思った?」

先ほどのナマエさんの報告は僕も聞いていた。ホームズさんに対する世間の評判は概ね悪くないと思われる。というかほとんどはアイリスちゃんの書いた小説の中のホームズさんに対する評価のような気がしてならないけれど。まあ、それでも基本的には「好人物」といった感じだ。ホームズさんに問われたナマエさんは考えるように首を傾げる。宝石のような綺麗な瞳が少しばかり空を見つめた。

「………………特に何も。強いて言えば、はたメイワクな方なのだなあと」

「………………」

ナマエさんの身も蓋も無い言葉に面白くなさそうに口をへの字に曲げて肩を落とすホームズさんに寿沙都さんが僕の背後でくすくすと笑った。振り返ると彼女は何か微笑ましい光景でも見るように手で口許を隠して笑っていた。アイリスちゃんも苦笑いしている。

「どうしたんです、二人とも」

「いえ、ホームズさまもごく普通の殿方なのですね」

「ホームズくんってば素直じゃないんだからー!」

何だかここで何も分かっていないのは僕だけのようだ。眉間に皺を寄せて考えてみる。目の前で繰り広げられているのはアイリスちゃんの香茶を優雅に飲むナマエさんとその周りに纏わりつくホームズさんだ。いつもは隠されたものに注視されるその瞳は、今はナマエさんだけに向けられている。その目に宿る光は酷く優しい。いつも鋭く突き付けられる視線が嘘のように。

「……!え、ま、まさか……」

何となく、ピン!と来てしまうが何だかどうにも信じられない。まさか、「あの」ホームズさんが。

「まあ、わたくしなど一目見て分かってしまいました。本当に、成歩堂さまは鈍いのですから」

「あはは。なるほどくんにはまだ早いかもねっ」

華麗なる女子談義に顔が赤くなるやら青くなるやら。つまり、ホームズさんはナマエさんの事が好きで、今回の依頼も「キッカケ作り」という事か。しかしそれを知った上で二人を見てしまうと、もうそれにしか見えなくなってしまう。

「このシャーロック・ホームズをつかまえて、『はたメイワク』とはなんだ!ボクほどこの大帝都倫敦の未来のために働いている人間など……」

「まあまあ。帝都の皆様は分かってくださっているようですよ。集めた情報は皆貴方に好意的で、」

「キミにそう思ってもらわなければイミが無いだろ!」

見てるこっちが恥ずかしくなってしまうような言葉をホームズさんはサラリと言ってのけてしまう。後ろのご婦人二人がきゃあきゃあと楽しそうに燥いでいる。ナマエさんは不思議そうに目を瞬かせた後、楽しそうに笑った。それは何か、とても「悪い」顔に見えた。

「そうですか。ではもう少し情報を集めて来なければなりませんね。わたくしが貴方の事を好意的に判断できるようになるまで、契約は延長で宜しいですか?」

あ、これ、ハメられたのでは?と思ったが目の前の契約を止められる筈もなく。結局ホームズさんの噂集めという名の契約の期間は更に四週間、延長される事となってしまった。ホームズさん、今月の家賃の支払いどうするんだろう。