―12月25日、都内某所
「……なんっで僕らがクソ寒い中こんなことをしなくちゃあならないんでしょうねえ」
「仕方ないですね。実際にコトは起きてますから。あちらの皆さんも年末の忙しい時なのにかなり応援に来てくださってますし、直ぐになんとかなりますよ。…………多分、ですけど」
「…………ちっ、だったらあっちだけでやってろよ」
「実井さん、本性が出てます」
「ああ、すみません!なまえさんは何も悪くないですからね」
―12月25日
世間では皆が浮かれるクリスマスだ。
欧米では一般的に家族で過ごす日と捉えられているが、日本では恋人たちのためのイベントという位置付けが強い。
今もあちらこちらで普段より装いを凝らした男女が寄り添いあって二人だけの空気を作っている。
そしてここにもお互いにとてもにこやかに、寄り添いあって、まるで仲睦まじいカップルのように見える二人組がいる。実井となまえだ。
イルミネーションに照らされた二人は端正な顔も相まって非常に絵になる。先程からすれ違う人々が振り返るくらいには。
だが浮かれている奴らとは違って彼らは仕事でここにいるのだ。
なまえは回想する。
経緯はこうだ。
佐久間から事件の知らせを受け、D課員たちはだらだらと集まってくる。ある者は文句を垂れながら、ある者はやる気無さそうに。
「お前たち、真面目にやれ!」
「事件ってなんです?下らない事件だったらお断りですよ」
叱咤する佐久間など意に介さず、三好は肩を竦める。基本的に出勤しても仕事のないD課では、たまに任される仕事などデイリールーティンを壊すものでしかなく、忌避されがちだ。D課の面々は仕事がない前提で予定を組むため、事件の予定が入ると予定が崩されるということもあるのだが。
「事件に下らないもクソもあるか!どんな事件でも事件は事件だ。これは結城課長から直々に任されている。説明を始めるぞ」
事件自体はどこにでもあるようなものだった。
なんのことはない、最近巷を騒がしている連続予告放火犯を逮捕しろというもの。
繁華街から住宅街までありとあらゆる場所で犯行を行う犯人は警察に少しも尻尾を掴まれることなく、周辺住民に恐怖と警戒を与えていた。
だが不思議なことに予告された時間に予告された場所に残されているのは、いつも消火された形跡のある燃え滓だけで、警察も首を捻りながらの捜査となっていた。
その放火犯が来る12月25日―クリスマスの夜に全てを燃やし尽くすという予告声明をネットに書き込んだというのだ。
もう一度言う。事件自体はどこにでもある、ありふれた物だ。恐らくD課にかかればすぐにでも解決できるような類いの物だろう。
問題は、予告の日付だった。
「ちょっと待ってください!クリスマスの夜って!」
なまえがこの世の終わりのような顔をする。普段来る事件拒まずなスタンスを貫くなまえにしてみれば、このような反応は非常に珍しいと言える。ただ、なまえも必死だ。クリスマスには仕事をしなければならないのだから。それもただの仕事ではない、「結城に任された」仕事だ。
「そうだ。お前たちにも張り込んでもらうことになる」
「はああああ?ちょっと佐久間さんってばクリスマスっすよ?俺もうデートの予定入れたんですけど!」
「俺の……俺の……イベントが……」
『外に出るの、面倒くさい……』
阿鼻叫喚。
事件に予定を狂わされることは以前にもあった。だがそれはちょっと特別なだけの普通の日だ。クリスマスのような所謂「ガチな日」ではない。いくら人間として不適格な人種ばかりが揃っているD課でもイベントを大切にする心が残っている者もいるのである。
未だにぶーたれるD課の面々を佐久間は一喝しようとして、やめる。
少し気の毒に思ったからだ。しかし仕事は仕事。あれはあれ、これはこれ、である。
そしてふと、重要なことを思い出す。
「それと今回の捜査は一課と合同だからな」
「はあ?なんだよそれ。なんか裏でもあるんじゃねえか」
「最近一課は件の連続予告放火犯を何度も取り逃がしているようですし、大方その尻拭いを僕らにさせようって魂胆じゃないんですかね。それであわよくば、犯人を逮捕できなかった僕らに責任を擦り付けようとしているとか?」
唇を尖らせる波田野の言葉にのせるように実井が説明を入れる。佐久間の顔が強張ったところを見ると図星のようだった。
「とにかく、お前たちには張り込んでもらうわけだが、何分クリスマスというやつだ。違和感なく周りに溶け込むには男女で張り込む方がいい。……なまえ、やれるな?」
「はあ…………。相手がいないとどうにもなりませんね。くじ引きでもして決めてください」
というわけで厳正なる第三回張り込み決定戦が行われた結果、実井が選ばれたというわけである。
ちなみに残りのメンバーは2グループに分かれなまえと実井の支援を行い、佐久間は離れたところから指示を行う手筈となった。