クリスマス燃やし尽くす

「実井さん。あそこ、綺麗ですね」

なまえがイルミネーションのすぐ近くにいたその男に気付いたのは偶然だった。きょろきょろと辺りを伺う様子に不審なものを感じたのだ。人を探している風でもどこか目的地がある風でもなく、ただ周りの視線を気にしているようなその様子は周囲のムードと相まって異質さを感じさせた。だがそれは一瞬のことで、よほど訓練された者か観察眼に優れた者でないと分からなかっただろう。
実井もなまえの指差した方を見て一つ頷く。

「本当だ。あ、すみません。僕ちょっとお手洗いに行ってきますので」

「はい、ここで待ってますね」

「お手洗い」は対象を尾行することを、それに対して同行しないことは「後方部隊に連絡する」という意味であることが事前に取り決められていた。ちなみに「お手洗い」に同行する場合は「未だ観察の必要あり」だ。

つまり、実井となまえはこの不審な男をターゲットとして定めたのである。

実井と別れたなまえはスマホを取り出すと、ラインを立ち上げる。D課の後方部隊に連絡を送ったのだ。電話は周りに会話が聞かれる恐れがある。
手早く文章を打つと送信ボタンを押し、それをコートのポケットに突っこむ。

そのままするりと身を翻すと実井の消えた雑踏へ自らも消えていった。
予想以上に人が多かったため、すぐには実井が見つからないかと危惧していたなまえは、しかし、案外早くに実井の後ろ姿を見つけた。
なまえは不審な男から少し離れたところにいる実井からさらに少し離れたところから二人を追いかける。不意に実井と男が大通りから一本入ったところへ曲がる。なまえもなるべく音を立てず、気配を殺してその後を追った。

実井は路地に入った不審な男を5メートルほど離れたところから見ていた。男はどうやら実井には気付いていないようである。男を逮捕するには少し疑わしいだけでは話にならない。実際に現行犯を見届けるかあるいは十分な嫌疑が必要なのである。

だがその瞬間はすぐにやって来た。

男は徐にライターを取り出すとすぐ傍に置かれたごみの山にその火を移したのだ。
現行犯確定である。実井の身体はすぐに動き出す。

駆け寄る実井の足音に驚き、その場を走り去ろうとする犯人だったが実井の方が早い。あっという間に追い縋り、体当たりをかます。

「実井さん!大丈夫ですか!」

異変を感じ取ったなまえも倒れ込んだ犯人を締め上げる実井に追い付く。

「今護送車を回します」

手際よく一課とD課両方に連絡を入れたなまえは犯人を取り押さえている実井の代わりに、手錠をかける。手錠の冷たさに事の重大さを知ったのか犯人の男は途端に弁解を始める。

「ご、ごめんなさい!出来心なんです!」

「どいつもこいつも、ごめんですんだら警察はいらないんですよ。放火は重罪ですから、覚悟してください?」

「実井!大丈夫か!」

大通りの人波を掻き分けて漸く三好たちがやって来る。それよりさらに遅れて佐久間がやって来た。なんかよれっとしている。
それなりの乱闘をやらかした割には実井の息は上がっていない。犯人の男を押さえ付ける実井は佐久間の姿を捉えると、その柔和な目付きを尖らせた。

「佐久間さん……来るのが遅い」

「す、すまん!民間人に絡まれていた!」

「俺見てましたよー?可愛いミニスカサンタっしたねー」

にやにやと佐久間の肩に腕を回す神永はこの状況をかなり楽しんでいるようだった。

「何?僕らが寒い中仕事してた時に佐久間さんはミニスカサンタと遊んでたんですか?」

「違う!誤解だ!」

佐久間と三好のやり取りを尻目になまえは鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌のようだ。そんななまえに田崎は声をかける。

「……大体分かるが、何でそんなに嬉しそうなんだ?」

「また一課を出し抜いて結城課長の手柄が増えました!これを喜ばずにいられましょうか!」

「……そうか、よかったな」

驚くほど邪気のない笑顔を見せるなまえの姿に心の柔らかな部分を擽られたのか、田崎は何とも微妙な、むず痒そうな顔でなまえの頭をぎこちなく撫でる。きっと内心は悶えている。

「ぶれないねーなまえは。あ、一課だ。風戸、凄い形相でこっち見てるよ」

「恐らく最初から眼中にないんだろう。…………少し、同情する」

いつの間にか人数分の缶コーヒー(甘党のなまえはカフェオレだ)を抱えている甘利と福本はのんびりとそれを課員に配る。その隣で小田切はスマホに見入っている。

『クリスマス爆発しすぎワロタwww』

「小田切!3ちゃんねるにスレ立てしてんじゃねえよ!」

結局犯人は取り押さえられ、一課の車輌で護送されていき、あとにはD課の課員たちが残されたのであった。
久し振りのまともな仕事にやや疲れた身体を抱え、D課の面々は本庁に帰る準備を始める。
寒さに身体を震わせたなまえが空を見上げれば、白いものがちらつき始めていた。
東京では珍しいそれに少し見入っていた彼女の名を誰かが呼ぶ。慌ててそれに応えるなまえの肩に落ちた雪の一片がゆっくりと溶けた。
こうしてクリスマスの夜は静かに更けていくのであった。

***

それからどうなった

「結局、あの犯人ってなんだったの?」

「風戸さんに少し教えてもらいましたが、クリスマスを燃やしつくしたくて放火してたらしいです。まあ、その大半は恐くなって自分で消火して回ってたみたいですね」

「へぇ、セルフ消防士ってこと?」

「あはは!なんだよそれ。それにしてもそんな下らないことで俺は折角のクリスマスデートを棒に振ったわけ?」

「俺の……会合が……」

『福本、大丈夫か?』

「それで……クソ寒い中、何時間も粘った僕らへの労いは?」

「待て、このやり取り、前にも……」

「まだギリギリクリスマスですし、どうですか?これからクリスマスディナーにでも。勿論、佐久間係長の奢りで」

「あ、賛成賛成」

「俺、肉食いたいな」

「俺は鍋が良いと思う」

「いや、待て、お前ら……年末の物入りな時にそれは……なまえも何とか言って」

「私お魚が好きです」

「お前もか!」

このあと滅茶苦茶飲み食いした、らしい。