滲む体温

遅くなると言われていたから先にご飯を済ませてしまう。
いつもは二人で話しながら食事をするからテレビをつけてはいないけれど、一人で静かに食事をするのも味気ないから今日はテレビをつけて食べた。
よく知らない(でも最近流行りらしい)芸人が何か言って会場が爆笑の渦に包まれる。

全然面白くなかった。

私にとっては田崎の話の方が面白い。彼は博識でそれでいて知識をひけらかすような話し方をしなかった。こちらのレベルに合わして、面白おかしく話をしてくれたから、私は田崎の話を聞くのがとても好きだった。

結局つまらなくてテレビを消してしまう。途端に冷蔵庫や給湯器の唸り声が大きくなって耳が痛くなる。誤魔化すようにもう一度テレビをつけて、ニュースに変えた。
ちょうど国際情勢のニュースをやっていたが、用語が難しくて私にはよく理解できない。こんな時田崎が解説してくれたらなあ、と思った。

食べ終わって一人で片付けをした。いつもは田崎と一緒に片付けをして、それからリビングで二人でくつろぐ。田崎は私が頼めばご飯を食べ終わったあとに手品をしてくれた。
時々私のために練習したっていう手品を見せてくれて、その時の私はまるでプレゼントを貰った子どもみたいにわくわくしながらそれを受け取った。

でも今日はそれもない。

ぼうっと一人で雑誌を読んだ。私はファッション雑誌というのはあまり好きではない。あの手の雑誌は前提として※ただし可愛い子に限るというのがあるからだ。見た目も普通で取り柄のない私がやったところで似合わないのは目に見えていた。
私が読むのはタウン誌だったりガイドブックだったりが多かった。田崎と一緒にあれをしたいとか、ここに行きたいとか言い合って時間を過ごすのが好きだった。
そして田崎は休みの日に私を本当にその場所に連れて行ってくれるのだ。

風呂も一人で入った。
もういい年なんだから一人で入れよって思うけど田崎は時々、私と一緒に風呂に入りたがる。
そういう時は大体一緒に入るだけじゃあ終わらないからいつも一緒に風呂に入った後は、田崎は私をお姫様みたいに扱ってなんでも言うことを聞いてくれる。
私も調子に乗ってお姫様みたいに振る舞って、二人でお姫様と執事ごっこをして遊んだこともある。

寝る時は布団を並べて寝た。
私は夜電気を少しだけつけて眠る派だったけど、田崎は真っ暗にして眠る派だったからちょっとした言い争いになったこともある。
結局田崎が折れてくれて、彼はいつも布団を被って寝ていた。

私の生活はもう、田崎なしには考えられなかった

豆電球をつけて一人で眠る準備をする。
田崎がいなくたって私は大人だから一人で眠れる。田崎もきっとそうだ。
それでも一緒にいるのは多分私たちが人間としてまだ未完成で、その完全ではない部分を二人でなら補い合えるからだろう。

布団に入って朝会ったきりの田崎の顔を思い浮かべる。
どんな服を着て行ってたっけ。今日何の仕事で遅くなるって言ってたっけ。明日私の誕生日だけど覚えてくれてるかな。

布団の中で生まれた温もりが徐々に眠気を誘う。
田崎のこと、待ってるつもりだったのになあ……。

***

ごそごそと音がして、その次にどさりと身体の上に何か重いものが乗ってきて目が覚めた。
眠い目を擦りながら見れば田崎だった。
彼は死んだように私の首筋に顔を埋めていた。
頑張ったねの気持ちを込めて後頭部を撫でてやる。
田崎は唸るように「悪い……、起こしたか?」と聞いた。

「大丈夫だよ。おかえり」

「……ただいま」

「お疲れ様、ご飯食べる?」

「いい……軽く食ってきた」

首筋で喋られるから擽ったい。
身を捩って体を起こし、田崎の身体を支える。
田崎はとても疲れているみたいだった。いつも親しみやすそうな顔をしているのに、今は全然違う。伏し目がちで、眉を少し寄せている。引き結んだ唇は余裕がなさそうだった。その顔がセックスしてる時の顔と似ていてなんだかとってもセクシーだった。

「お風呂入る?」

「一緒に入ってくれるなら」

「変態だ」

「嘘、今日はもう寝る。明日入る。布団入れて」

ごそごそと私の布団に潜り込んでくる田崎のお陰で温まっていた布団の熱は消え去ってしまう。
その代わりに慣れ親しんだ田崎の熱が私の熱と溶け合って新しい熱を生んだ。

「誕生日、おめでとう」

私を抱いて掛け布団を被る田崎がボソリと呟いたから、私はそっとその頭を撫でた。

田崎の腕の力が強くなって引き寄せられたから、きっと私たちの体温は溶け合って境界線が分からなくなるくらい滲んでいるに違いない。