ギアッチョとナマエがデキてるって、チームの中では専らの噂になっている。先日も二人仲良くブランケットに包まってソファでスヤスヤだ。何があったと囃し立てるメローネに、ナマエは透明な表情(本当に、こう言うしか無かった)で「怖い映画を観たら、怖くて一人で寝られなくなっちゃったんです」と言った。その顔は怖い物なんてとっくに無くなってしまった俺たちを怯ませるには十分だった。
ただ、ナマエはともかくとして、ギアッチョのナマエに対する感情はよく見えたから、メローネ辺りがギアッチョにしつこく絡むのを俺は猫を撫でながらぼんやりと眺めていた。
「もうヤったのか?聖職者っていうのはどんなプレイが好きなんだ?俺はまだケツは使った事がねェんだ」
「っルセーんだよ!!ヤってねぇっつってんだろ!!っ、大体、アイツとはそーいうんじゃあ……っ」
何処か傷付いたような顔で口籠るギアッチョにどうもメローネも深入りを確信したようだ。曖昧に肩を竦めていつものようにベイビィ・フェイスに興味を移した。うるせェヤロー共だよなあ、ほんっとーにしょうがねェ奴らだとぼんやり考える。件のナマエは珍しい事にリゾットと任務に出掛けていた。
リゾットが請け負う任務は基本的に難易度が高く、そしてアイツ単独で行う方が成功確率が高い物が多い。そして何より、アイツのスタンドの能力上、血を沢山見る事になる。お上品なナマエがそれに耐えられるだろうか。初めて会った時のナマエの顔と、最近のナマエの顔を思い浮かべて比べてみる。が、それに意味などない事に気が付いてすぐに止めた。俺たちには「今」しかなくて、俺は「今」のナマエの顔を知る由もないからだ。
***
リゾットとナマエは思ったよりも早くアジトに帰ってきた。リゾットが請け負う任務はその難易度から長期に渡る物も多い。きっとナマエのスタンド能力のせいもあるのだろう。ただ一つ特筆すべき事があるとするならば、ナマエが負傷した事くらいだろうか。
銃弾が肩を貫通した。まあ、よくある負傷だ。幸い当たりどころも悪くはなく、ひと月もすれば予後不良無く回復出来そうだった。ナマエも何事もなくいつものようにぼんやり笑っていたし、利き手側を負傷した事で不便さを感じる事もあるようだが、そこは気の利かねェギアッチョが気の利かねェなりに気を利かせているようだった。
寧ろ問題があるとするならば、それはリゾットの方だった。ナマエとの任務から帰ってきてから、妙に「ボンヤリ」しているのだ。何か考え込んでいるようなその顔は、元々と言えばそうなのだが、だが何処かこれまでとは違う気がした。仮にもチームのリーダーなのだから部下を負傷させた事に僅かに動揺しているのかと思った(リゾットは完璧主義で仲間が同行する任務でも「完璧」にそれを遂行する。「完璧」とはつまり「完璧」という事だ)がそれにしては動揺が深いような気もした。
「ナマエと何かあったのか?」
面倒な事は苦手なので単刀直入にリゾットに聞いた。リゾットは何も無かったように俺を見たがその黒い瞳には僅かに揺れる感情が見えた。
「…………ナマエの事を、俺は理解が出来ない」
静かな声でリゾットはそれだけ言った。それは何処か悲しげな声に聞こえた。リゾットにもそんな感情があったのだと俺は初めて知った。
リゾットはナマエを見つめてため息を吐いた。ナマエは利き手とは反対側の手で文字を書こうとして苦戦していた。ギアッチョがそれを覗き込んで鼻で笑っていた。ペッシがナマエを手伝おうとしてプロシュートに殴られた。メローネはナマエの肩に手を回そうとして、それが怪我をした部分である事でイルーゾォに阻止されていた。ソルベとジェラートはまたいない。いつもの光景だ。
リゾットはナマエの横顔を見てから俺の顔を見た。彼は明らかに困惑していた。
「ナマエが負傷したのは、俺を庇ったからだ」
「……へえ。アイツ、庇うの苦手だとか言ってなかったか?」
「そうだ。全く下手な庇い方だった。そして俺はナマエに庇われなくても避けられた。最悪、避けられずとも擦り傷にもならないだろう。だがナマエは俺を庇った。だから何故かと聞いた。だが理解が出来ない」
リゾットは本気で分からないという顔をする。
「ナマエは何て言ってたんだよ」
「俺が怪我をする事は『忍びない』と言った」
「それはまた、デカく出たもんだな」
ナマエを振り返る。ナマエはまだ書類と格闘しているようだ。呆れたプロシュートがそろそろ代筆の手助けでもしそうだ。ぎこちなくペンを走らせるナマエだったが、不意にこちらを振り返った。曖昧に笑顔のような表情を見せるナマエに緩く手を振る。ナマエの顔に何処か安心したような表情が見えた。
「負傷するのはそいつが悪い、そうだろう?俺が負傷するのは俺の責任だ。各自が己を守り、己の任務を全うする。他人に関わるのは、……馬鹿げている」
「……当ててやろうか、リゾット。ナマエにそう言って喧嘩になったんだろ」
「………………、喧嘩、ではない」
やっと分かってきた。二人が帰ってきてからの雰囲気が妙に固い理由が。リゾットは考え込むように唇を引き結ぶ。
「喧嘩ではない。…………が、泣かれた」
「はァ?」
「傷が痛くて泣いているのかと思ったが、俺を哀れんで泣いたようだ。それから、口を利いていない。……それ、に、」
妙に歯切れの悪いリゾットは非常に珍しい。まだ、何か引っ掛かる所があるようだが、それについては俺が幾ら問い詰めても彼は絶対に口を開こうとはしなかった。
どうやら、ナマエにはまだ隠している秘密があるようだ。