「俺の話ばっかじゃあ、ツマンナイでしょ」
ノラ坊の真っ直ぐな目が俺を見た。なんだか、藤次郎に見つめられたような気がして咄嗟に目を逸らしてしまった。ノラ坊は俺の様子には気付かなかったのか、楽しそうに笑った。
任務ももう、終盤を迎えた今になって、ノラ坊が急に俺に話を振ってくる事が増えた。
「菊田さんはさ、ヨメさんとどこで出会ったの」
きっとコイツに他意は無い筈だ。コイツはただ、世間話の延長として俺の嫁の話をしただけなのだ。それでも、藤次郎のような雰囲気を纏ってなまえの話をされるのは、どこか責められているような気がした。
「よせやい。俺の話なんか聞いたって面白くもなんともねーぞ」
「えー、だって俺だって梅ちゃんの事話したよ。不公平だよ」
つまらなさそうに唇を尖らせるノラ坊は、やっぱり藤次郎に似ている気がした。藤次郎は俺を、許してくれるだろうか。
「…………嫁、……なまえは弟の幼馴染なんだよな」
言葉は悩まずにするりと口から離れていった。それは俺の感情と乖離した軽口に聞こえた。努めて重くないように、極めて最低に聞こえるように、俺は言葉を選んだ。今ですら、なまえと結ばれるべきだったのは藤次郎なのだと俺は信じて疑わない。それをどうか、ノラ坊にも肯定して欲しかった。
全てを話し終わってそれから、これではまるで、懺悔のようだと思った。だが全ては話さなかった。唯一俺のなまえに抱くどうしようもない想いだけは。もしこの想いを否定されたなら、それがどうしようもなく恐ろしかった。
ノラ坊は俺を見て何とも言えない顔をしていた。それもそうだろう。俺だってきっと、同じ話をされれば同じ顔をする。ノラ坊は俺を見ていた。それから少し目を細めて口を開いた。
「ヨメさん、かわいそうだね」
息が詰まるような気がした。或いは背後から脳天を殴られたような。その突き上げられるような痛みが怒りに変わる事に時間は掛からなかった。
「っ、オメエに、何が分かるんだよ」
「だって、好きな男じゃない男に嫁いで、しかもなんか、愛されてないみたいだからさ」
カッと頭に血が上るのが分かって、気付いた時にはノラ坊が頬を押さえて俺を見上げていた。あー、殴っちまったなんて、新兵訓練でもやらない事をやってしまった事に僅かに冷静さを取り戻したような気もしたけれど、口から出てくる言葉は止まる事を知らないのだ。
「知った風な、口利くんじゃねェぞクソガキが。……っ、愛してねェ訳ねェだろうが……!」
そうだ、愛している。なまえを、愛している。だがそれ以上に藤次郎がなまえを愛していた事を知っている。だからこそ俺がなまえを愛しても、代わりにはなり得ない。その事を疎ましいと、ただの一度も思わなかっただろうか。藤次郎の代わりに俺がなまえの夫になる事を、ただの一度も喜ばしいと思わなかっただろうか。それでも。否、だからこそ。
「こっちは全部分かってんだよ!なまえが仕方無く俺に嫁いだのも、俺なんか眼中にねェのも全部分かってんだよ!」
嗚呼、無性に苛々する。何もかもに苛々する。俺にも、勝手に死んだ藤次郎にも、俺となまえを強引に娶せた周囲にも、いつまでも俺に線を引くなまえにも何もかも。
「だから藤次郎の代わりだなんだって、物分かりの良い振りしてでもなまえに惨めったらしく縋り付くしかねェんだよ!そうでもしなきゃ、俺はアイツの隣にいられねェんだからな!」
幼い頃、藤次郎となまえが並んで歩くのを遠くから見ていた。本当は俺も隣を歩きたかった筈なんだ。その結果が、今と変わりなく、たとえ俺が選ばれなかったとしても、それはきっと今よりずっと。
ずっと、今より胸を張ってなまえを愛していた筈なんだ。
「けど俺は……っ!俺は、どんだけ惨めでもアイツの、なまえの傍にいてェんだよ!なまえを愛してるから幸せにしてやりてェって思ってんだよ!悪ィか!?」
言いたい事が全て無くなって、息を荒らげる俺をノラ坊が驚いたように阿呆のような顔で見上げていた。冷静になったら俺も俺を阿呆だと思った。でもそれは真実だから仕方ない。
ノラ坊がなんだか嬉しそうに破顔した。
「それ、ちゃんとヨメさんに言ってあげなよ」
本当に嬉しそうな顔で。