神様みたいな女だと思った。美しくて優しくてどんな時でも瑕疵一つ見つからない。だからおれは一目で彼女の虜になったし、何もかもを投げ打っても良いと思えたのだ。
「ネズ」
甘い声がおれを呼ぶ。神様に、名前を呼ばれるのは烏滸がましいと思う反面、こうして存在を認知されてラベルを与えられている幸福に浸される。我ながら矛盾した感情だった。
彼女は、ナマエはおれの家のリビングのソファにクッションを抱えて座っている。大きな目がおれを捉えていて、おれはまた自分の心臓が可笑しなくらいに高鳴るのを感じて眩暈がした。
それは中毒のようだった。じわじわとナマエに侵食されて、気付いた時にはナマエ無しではいられなくなるのだ。でもそれも悪く無いと思ってしまうから、おれは可笑しい。
「ネズ」
またナマエがおれの名を呼んだ。作業の手を止めてナマエの許に近寄る。ナマエは嬉しそうににこにこと微笑んでいた。だからおれも微笑みたくて仕方なかった。
「どうしました」
「みてみて」
にこにこと幸せそうな顔が心臓を締め付ける。好きだとか、そんな下卑た感情には程遠い、それは崇拝に近いのだと、何時ぞや自己分析をした。ナマエに言った事はなかったが。
ソファの下で綺麗に並んでいるナマエの白い脚にくらくらとする。恐らくナマエが言いたいのはその足の小さな爪が美しく彩られている事なのだろう。
「綺麗ですね。サロンに行ったんですか」
「うん。急に行きたくなって」
にこにこと嬉しそうなナマエは美しい神様のようだった。おれはそんな神様の事が大好きだった。
「もう少し、よく見せてください」
「……?うん」
「そうじゃねえです。おれの膝に足を置いて」
「…………?」
ソファに踵を乗せようとしたナマエを止めておれはナマエと向かい合って彼女の前に跪く。訝しむ様子を見せながらも、白い右足がそろりとおれの膝に乗せられる。興奮に背筋が粟立つ。
「触っても?」
「うん」
疑う事を知らない純粋な神様はおれの形の悪い手が足に触れるとくふ、と擽ったそうに笑う。
「ネズ、擽ったあい」
「すみません」
ナマエの爪はとても綺麗だったけれど、それよりもおれはその足の形や柔らかさを堪能する事に忙しい。余りに必死だったせいか、ナマエが困ったようにくすくす笑う。
指先で形をなぞって親指の腹で弾力を確かめる。興奮のせいで呼吸を整えるのが難しくて、時々テンポが狂った。興奮が、理性を灼き切る。
「っ、」
「え」
気付いたら、彼女の足に舌を這わせていた。ナマエは驚いたように足を引こうとしたけれど、おれは少し手に力を込めてそれを阻止する。爪先に唇を落とし、舌で滑らかな甲を伝う。ナマエが息を呑む音が聞こえてきて、余計にぞくぞくとした感覚が背筋を駆け上がっていく。背徳、とでも言うのだろうか。
「ネ、ネズっ……」
「っ、ナマエ……」
リップノイズを立てて脛へ唇を落とす。親指で腱の括れをなぞるとナマエの吐息が溢れる。ちら、と彼女の顔を見たら眉を寄せて唇を噛んでいた。その顔が紅く染まっている事に高揚した。
一通りナマエの足の形を確認しておれは唇を離す。漸く終わったとナマエが足を引こうとするのを再度阻止する。
「えっ、やっ、ぁ……!」
舌を尖らせて、ナマエの爪先を辿る。少し硬い爪先の皮膚を擽るように舐り、綺麗に彩られた爪は検めるように唾液で濡らした。
「ネ、ズ……っ!きたな、からっ……」
「っ、いいから…………っ」
いいから何だと言うのだろう。おれは良くてもナマエは良くないだろう。色々な思考が頭の中で繋がって、また分離する。今はただ、この神様みたいなナマエにおれの尊崇を伝えなければと、思ったのだ。
「……っ、ぅ」
おれの動きに合わせて小刻みに聞こえていたナマエの声が急に小さくなって、様子を窺えば彼女は己の手で口を塞いでいた。声が聴きたいのに、そう思ったけれど我慢した。その代わり、ナマエの手を剥がして、おれの指を二本、口に含ませた。神様の手を、煩わしてはいけない。
「っ、む……ぅ、」
「っはぁ、っ…………ナマエ……っ」
「ふ、あっ、」
爪先を嬲った舌は再び甲を伝い、脛を通り越えて膝の骨の輪郭を探す。おれの指を噛まないように配慮しているのか、ナマエの小さな舌がおれの指を守っている。思い切り噛んでくれて良いのに。寧ろその方が。その時だった。
「も……やだっ」
「っ……!」
さっ、と血の気が下がった。ナマエに、拒否された。音がするくらいの勢いでナマエから離れると、僅かに息を荒らげた涙目のナマエと目が合って、計らずも興奮のボルテージが上がった気がした。
「ネズきらい、ばか」
「っ、すみません……」
「ばか、いやって、いったのに……」
「ナマエの足が、あんまり綺麗だったんで……」
何とも気持ち悪い言い訳だと思った。というか言葉足らず過ぎて変態じゃねえか。引かれただろうかと、怖々ナマエの様子を窺う。ナマエは何度か目を瞬かせた後、おれの顔をじっと見た。
「ネズは私の足が好きなの?」
「いや、足だけじゃねえですけど……。まあ、好きです」
「ふうん」
「っ、!」
ぐい、と腕を引かれて身体が蹌踉めく。ソファに押し付けられたと思って彼女に向き直ろうと体勢を変えようとする時にはもう、おれの身体にナマエが跨っていた。
「っ、ナマエ……っ」
「ネズってばヘンタイだね」
「っ……」
嬲るような愉悦を含んだ声。さっきの比ではないくらいの興奮が、腰から脳髄を駆け上がる。おれの上のナマエはさっき迄の穏やかなにこにこが嘘のように、サディスティックな笑みを見せた。
「ネズはいつからそんな変態さんになっちゃったの?」
聞き分けのない子供を叱るような口調がよりおれを辱めると知っているのか、ナマエは蠱惑的な目でおれの身体全身をなぞりながら、おれに屈辱を与えようとする。すればするだけ、おれが高揚してしまうのも知っているのだろうけど。
「ネズ、」
「っ、最初、から。ナマエに初めて会った時から、おれはおまえの身体に触れるだけで昂りが止まらないんです」
促されて吐いた言葉にナマエはまた目を瞬かせる。おれはいつから恥辱を興奮に変換出来るようになったのだろう。ナマエが嫣然とした目で微笑むのが見えた。
「そっか。……じゃあ、教えて。ネズが私の身体の何処で興奮するのか、……全部」
耳が良いせいで、囁き声すらも興奮材料にしかならない。そうだ、おれは興奮している。この世の美しさを全て込められた神様相手に。崇拝を示す行為によって。そしてその結果神様を堕落させた事に。
曖昧に頷くおれの上で、ナマエがさらりと、上衣を脱ぐのが見えた。
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