相談しましょ、そうしましょ

二つで一つという言葉があるが、私たちはそれとは全く正反対だなあと思う事がよくある。私たちは共有という事をした事が数える程しかない。私は私の生き方や拘りがあるし、コルサにはコルサの生き方や拘りがあるからだ。私はそれを別段残念だと思った事はない。相手に引き摺られて己の本質を見失う事は本末転倒のように思えた。だからコルサもそうなのだと思っていたし、今まで特に不満を漏らされた事も無いので私たちの関係が続く間は現状維持が妥当なのだろうなとも思っていた。

だから今、とても戸惑っている。

「聞いているのか?」

目の前には明らかに苛立ちを纏ったコルサが私を高そうなソファに押し付けて退路を絶っている。コルサの拘りがふんだんに詰め込まれた柔らかいソファが軋む。彼はあまり恋人的な接触をしてこないので、これは珍しい気が一瞬したが、そういえばなんだかんだ言って昨日はベッドに引き摺り込まれて中々解放してくれなかったのでもしかしたら違うのかもしれない。

「なんだっけ、新しい作品の話?」

「っ、」

あ、苛立ちが増したなと思う。元々情緒不安定なコルサは感情の振り幅が大きい。さっき笑ってたのに三秒後にもう険しい顔をしているのは日常茶飯事だった。付き合い始めた頃はその浮き沈みに一々影響されていたが、付き合いが長くなるにつれて折り合いがつけられるようになった。諦めた、と言う事も出来る。

「キサマは、っ」

「うん」

珍しくコルサが言い淀むものだから何だかこっちまで緊張してしまう。いつも切り裂くくらいに遠慮無しの言葉をぶつけて来る癖に。コルサは忙しなく視線をあちこちにやって次の言葉を考えているようだった。コルサの言葉が出るまでは動けないようなので仕方なく目の前の顔を観察してみる。

顔に惹かれた訳ではないが、端正な顔立ちをしていると思う。少し硬い髪は撫でてやると口では嫌がるのに身体は離さない。暗い色の瞳はベッドの上で楽しそうに歪む。目許の隈がまた酷くなっているのが少し気になった。

「っ、何故」

おっと危ない。コルサの言葉を聞き逃すところだった。きっと聞き逃すと臍を曲げて二度と同じ話はしてくれないだろう。軽く頷いて先を促すと彼は渋々続きを口にした。

「何故、ワタシに何も言わん」

「…………うん?」

ちょっと理解が出来なかった。私の返答が思った物と違ったのかコルサは不機嫌そうな顔を隠しもしない。

「何を言って欲しいの?」

「っ、それは……っ」

拗らせているコルサにはきっと正直に言うのは難しいだろうなと思うけれど、実際彼が何を言って欲しいのかはよく分からないので聞くしかない。ていうかそろそろ彼に加減も無く掴まれた肩が痛いんだが。

「キサマは、ワタシに何も言わない」

「そうかな。結構色々言ってるけど」

明日の予定とか、と言うとそうではない、と瞬殺された。

「えー、じゃあ何を言って欲しいの?お悩み相談とか?」

まさかね、とコルサが一番聞きたくないであろう事例を取り出してみる。う、と彼の息が詰まる。え、まさか。

「は?聞きたいの?」

「わ、悪いか」

最早開き直ったのかコルサはご機嫌斜めの顔を隠そうともせず、私の退路を絶っていた手の片方で私の頬をなぞる。

「キサマは、ワタシに何も言わず、何も相談しない。…………ハッさんには、する癖に」

「ハッサク先生は私の恩師だからね。………………え!あの、コルサ……、あの、それって、」

「五月蝿い!」

ぐ、と身体が近付いて肩口にコルサの頭の重みが乗る。咄嗟に両腕を彼の頭を抱くように回せば、肩から少し満足そうな吐息が漏れた。

「ハッさんから、聞いた。キサマに、付き纏っている男がいただろう」

「あー、そうそう。この間ハッサク先生に何とかして貰ったからもう良いんだけど」

「っ、何故その話をワタシにしないのだ」

「え、だってコルサってそういう生産性の無い話嫌いかなと思って。大体そういう話今までした事無くない?」

私としては至極尤もな理由だったのだが、彼は違ったようだ。顔は見えないが、雰囲気が極限に苛立っている。彼に毛並みがあるとしたら、きっとトゲトゲだ。

「っ、キサマの、恋人はワタシだろうが」

おや、珍しい。何だか子供の成長を見るようなほのぼのとした気分になった。彼が私たちの関係を言葉にするのはとても珍しい。少し好奇心が湧いて彼の髪を掻き上げる。青白い耳は、熱くて少し赤かった。

「ふふ、嫉妬してるんだ」

「違う!」

「ええ、嫉妬じゃん……」

「っ、これはハッさんに対するワタシの対抗心だ」

それを嫉妬って言うんだよ、と教えてあげようかと思ったけどきっと当分口を利いてくれなくなるだろうから止めた。代わりにコルサの頬を両手で挟んで目を合わせるように誘う。血色が悪い事に比例して頬は冷たかった。

「コルサに相談しなかったのは、煩わせたら悪いかなと思ったからだよ」

「……後から知る方が気分が悪い」

「でもコルサだって色々教えてくれないじゃん」

「何が知りたい?」

食い気味のコルサに考えを巡らせる。どうせだから普段聞き難い事でも聞いてみようか。

「私のどこが好き?」

「キサマの?全てだ。強いてあげるなら目が好きだ」

「おおう……」

直球過ぎてこっちがカウンターだった。下手な地雷を踏む前に撤収しようと話題を逸らす。

「今までそういう相談して来なかったからてっきりしない方が良いのかと思ってた」

「ワタシはそんな事は言っていない」

「私結構悩み多き女だからなー。面倒かも」

少し照れてしまって冗談めかすと、コルサが不敵に笑む。望む所だ、と耳許に落とされた言葉がかつてない程に柔らかかった事は私だけの秘密にしようと思う。

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