ある朝の幕開け

意識が少しずつ上昇してくる。瞼の裏側の感じから、外も明るいのだろう事が予想されて、眩しくて寝返りを打った。何か小さな音が聞こえる。殆ど規則的なそれはとても心地良い。聞いた事がある気がするけれど、何の音だったろう。

「う、ん……」

纏っていたシーツを更にきつく纏う。素肌にそれが滑る感覚が好きだった。身体が重い。何でだっけ。

「ナマエ」

コルサの声が聞こえる。いつもより、幾分も落ち着いた低音に意識を掴まれた。

「ん、……こ、るさ……?」

声の方向を探してそちらを向く。身体が重く、喉が痛い。何で、だ。眩しくて一度目を瞑る。目を開けるとコルサがいた。彼はヘッドボードに上体を預けてこちらを見ていた。手元には。

「……あー、その音かぁ」

「……?何の話だ?」

コルサの手元にはスケッチブックがあった。どうやら私が夢現で聞いていたのはコルサのスケッチの音だったようだ。

「何でもないよ。……何を描いてたの?」

「眠っているキサマを描いていた」

「…………ふうん」

恥ずかしげもなくそう宣うコルサの傍に寄って、手元を覗き込む。そこにはシーツに包まって眠っている私のスケッチが何点か描かれていた。

「上手だねー」

「曲がりなりにもこれで食っているからな」

スケッチブックの端に日付を入れた彼はそれをサイドボードに無造作に置くと、私の隣に再度潜り込んできた。ベッドが軋んで昨日の夜の事が少し、思い出される。

「眠れたか」

「まあまあ、かな。コルサは?」

「元々眠りは浅い。が、まあまあ、というところだ」

「同じだね」

昨日は私の方が先に落ちてしまったので、終わった後の事は余り覚えていないのだが、コルサの言うまあまあは大分良いに近いので結構よく眠れたのだろう。ふふ、と曖昧に笑って彼の手を取る。

節くれだった手は昨日とても熱くて、私を責め立てた。いつも作品にのみ注がれている情熱的な視線が私の身体を這い回り、超然とした表情が浅ましい快楽に歪んでいた。彼の手を取っただけで、その全てが想起されて、知らずに心臓が跳ねた。

私の低俗な思考には気付いていないのだろうコルサは私の手を暫し弄ぶ。長い指が手のひらを擽り、指を辿り、そのまま両手で包まれる。ちょっと擽ったい。

「コルサ?」

「小さいな」

「うん?…………まあ、コルサよりはねえ」

男女の違い、というのもあるだろうし、元々生まれ持っての事もあるだろう。コルサの手を開かせて、私のそれを当てがうと関節ひとつ分くらいの差があった。

「コルサの手は大きいねえ。私手がちっちゃいのコンプレックスなんだー」

「そうなのか?キサマの手は握りやすく、ワタシは好きだ」

「………………そっかあ」

コルサと夜を共にした事はまあ、それなりにあるけれど、何を隠そう彼はこのように次の日にめっちゃ素直になるのだ。それはもう、こちらが恥ずかしくなってしまうくらいに。しかもいつものエキセントリックさが消えてちょっと情緒が安定する。なので、多分次の日の朝は一番穏やかなのである。

「起きるか?」

問いかけのようだが、彼は余り起きようとは思っていないようだ。勿論、私が起きると言えば彼も起きるのだろうが、多分この顔は私がまだ起きる気がないのを知っている顔だ。

「んー、もうちょっと寝たい。というか横になってたい」

「そうか」

当然のようにシーツが掻き分けられて、身体に腕が回り引き寄せられる。何もつけていない肌同士が触れ合って心地良い。コルサは体温が高いから余計に。

「コルサあったかいなー。人間湯たんぽだ」

「キサマは少し体温が低い」

「冷え性だよ」

せっかくの温もりを逃さないように鼻先をもう少し近付けてみれば、抱かれる力がまた少し強くなる。

「今日はどこか行きたい所はあるか?」

頭上から聞こえる声が酷く優しい。行きたい所かあ。久しぶりに私が長めの休みを取れて、コルサがその休みに自分の休みを合わせてくれた。だから少なくともあと二日、私たちは一緒にいられる。久しぶりの二人での休みが嬉しいと私が言ったのをきっと覚えてて、多分だけどコルサは頑張ってホストしてくれようとしているのだろう。微笑ましい気持ちに口許が緩む。ああ、でも今日は。

「いっぱい行きたい所はあるけどね、今日は、いいかなあ」

「……?何故?」

「んー……、今日はコルサと家にいたい気持ち。久しぶりに、二人でゆっくりできるから」

背中に回された腕の力が少しだけ強くなる。私も何だか甘えたくなって彼の身体に腕を回せば、耳許に唇が落ちてきた。

「ならばそうしよう」

甘い囁きが擽ったい。思わず身を竦ませると、面白がるようにコルサの唇が二度、三度と耳を襲う。

「コルサ、くすぐったい……っ」

やめろ、と彼の頸にかかる髪をくい、と引っ張れば耳を襲う生温い感覚は止む。そっと顔を上げて彼の顔を窺えば、コルサは愛しみと意地悪さの混ざった、ある意味で器用な感情を湛えた表情をしていた。面白がっているな。

「知ってるよね?私が耳弱いの」

「それは昨日散々聞いた」

「全然聞いてくれてなかったけどね」

唇を尖らせて彼を睨めばコルサは悪戯が成功した子供のように笑う。ああ、好きだなあ、ふとした瞬間にそう思う。そう思ったら。

「コルサー」

「何だ」

「あのね、好きだよ」

思い付いた言葉をすぐに言ってしまうのはきっと起き抜けの頭に理性なんかないからだ。そう思わないと、うっかり滑らせた口が恥ずかしくて閉じてしまう。少しずつ恥が優って頬が熱くなってくる。俯こうとした。それが大きな手に阻まれる。

「そうか。…………ワタシもだ」

大きなあったかい手が頬を撫でる。グレーの瞳が優しく歪んで私の額にキスを落とした。それと同時に私の身体に回っていたコルサの手が意図を持って動き出すから、思わずその手を抓った。コルサの眉が寄る。

「…………何をする」

「それとこれとは別でしょ。もう起きて活動する時間ですよ」

するりとコルサの囲いから抜け出して身体を起こす。伸びをして朝の清々しい空気を吸い込んだ。さて、今日は何をしようかな。

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