最強寒波襲来

十年に一度の寒波だそうだ。朝起きたら窓の外は一面の銀世界だった。ナマエとの約束をどうするか一瞬迷った。同じタイミングでスマホロトムが鳴って、ナマエから「きょうどうしよ」と起き抜けなのだろう、無防備なメッセージを着信した。

どうしよ、と言われると自分は弱い。本当は何をしたってナマエに会いたいけれど(事実今日はふた月振りに彼女と会うのだ)、そう聞かれると「キサマの好きなようにしろ」と言ってしまうのだ。突き離す訳ではないけれど、そう言ってしまう。ちなみに彼女は重度の寒がりである。

ああ、今日は一日暇になってしまった、と知らぬ間に口からため息が溢れた。またスマホロトムが震える。

「すごくあいたいのに、すごくさむい」

何となく毛布に包まってこの文面を打っているのが想像できて少し笑ってしまった。迷った挙句、返信した。

「なら、ワタシがそちらに行っても構わないか?」

すぐに返信が来るかと思ったら、五分くらい間があった。柄にもない事を言ったと焦れていると、「いいの?」とスマホロトムが宣った。

「構わない。ナマエが良ければ」

「じゃあ、きて。家中あっためとく」

ナマエの家に行くのはこれで二度目である。一度目はまだ交際が始まる前に、ナマエを家まで送った時に。あの時は家の前で別れたので実質私的なスペースに入るのはこれが初めてである。

部屋着から着替えて少し悩んでから先日、弟子入りを希望されたが追い返した男が持ってきていた手土産を手に取る。三日程度放置していたが品質は問題ないだろう。奴はムクロジのマカロンと言っていた気がするから。

靴を履いて玄関扉を押し開ける際にナマエに連絡を入れる。彼女の家までは空飛ぶタクシーを使えば大体十五分程度である。

吐き出した息が白い。指先が急速に冷えて行くのを感じながら白銀の世界を踏み締める。サクサクとした小気味良い音がして、靴に雪がまとわりつく。撥水性の靴で良かった。

タクシーに乗って窓に身を持たせ掛ける。息を吐くとその息で窓が曇った。慣れ親しんだボウルタウンを後にして、タクシーは空を掛ける。きらきらとした反射が目を差した。

ナマエの住む街に降り立ってもやはり銀世界は変わらなかった。子供達がはしゃいだ様子で傍らを走り抜けて行く。ナマエにもあのような頃があったのだろうかとふと、思った。

ナマエの家は大通りから一本入ったやや日陰である。冬は陽が入りにくいとナマエは気落ちしていたように思う。ならばこちらに引越してくれば良いのに、とは結局言えず仕舞いだった。

呼び鈴を鳴らすと、扉の向こうからぺたぺたと足音。がちゃ、と扉が開いて、ふわりとした暖気とナマエの顔が見えた。その顔が困ったように笑った。

「ごめんねえ、コルサ。寒かったでしょ、あがってー」

ぺた、と頬に手を這わされて「つめたぁい」とナマエがまた、困った声を上げた。

「スリッパくらい履け」

「うん?あー、忘れてた。どーりで寒いはずだあ」

素足のナマエは下がり眉をそのままに、二人分のスリッパを取り出した。クリーム色と青色の二つ。クリーム色の方をナマエが履いて、ぱたぱたと先を行った。

ナマエの部屋は相変わらず物が少なかった。女の部屋に入った事など無いが、世の女たちよりは、彼女はモノに執着が無いような気がした。

「座って座ってー」

クッションを渡されて、見ればそれはパモを模ったクッションであった。ナマエはパモが好きだと言っていたから、その延長なのだろう。

「ハーブティーで良い?さっきまで飲んでたの」

「構わない」

テーブルにカップが一つ追加されて、ティーポットから中身が注がれる。ついさっきまで飲んでいたのだろうそれの中身はまだ湯気が立っていた。忘れていた手土産をナマエに渡せば、ナマエは目を輝かせた。

「わー、ムクロジのマカロンだあ」

私、これ好き、と嬉しそうに言われたから、これを持って来た男の評価を少しだけ改めた。今度作品だけでも見てやるか。

ナマエは自身のカップに注いだハーブティーに一口口を付けると、それをテーブルに配置してからワタシの隣に座った。いつもより距離が近い。

「ごめんね、コルサ。外、寒かったでしょ」

「別にどうと言う事はない。……おい、何をしている」

ぺたぺたと手に触れられる。ナマエのあたたかな手がワタシの手を撫でている。ワタシの冷たい手にナマエの手が重なる。

「コルサの手つめたー」

「…………っ」

ぴとり、と指先がワタシの手のひらを擽る。それから指先を絡めるように取られた。やわやわと握る手はワタシのものと違って柔らかい。悪戯っぽい瞳がワタシを上目に見る。

「コルサ寒かったよねえ」

「っ、だから、何をして、」

握っていない方のナマエの手がワタシの腿を撫ぜる。気付けばナマエがワタシの脚を跨いで上に乗っている。パモのクッションはワタシたちの間に挟まれていた。

「あっためてあげるよー」

「っはあ?」

ぴたりと張り付いてくるナマエに、少しだけ邪な考えが浮かんだ。だが、当然と言うか、ナマエに「その気」は無いようだ。ただひたすらに、彼女は身体を押し付けてくるのみなのだから。

「ナマエ……、」

ナマエの背を撫でる。首筋に埋められたナマエの頭の方から、くすくすと軽やかな吐息が溢れた。

「ナマエ、煽るな」

「んー?…………うーん」

要領を得ないナマエの言葉にため息が出る。彼女の負荷にならないように、ナマエをソファに横たえ、その上に覆い被さる。顔を見たナマエの瞳は酷く潤んでいた。

「ノリでやったけど、ちょっとはずかしかった……」

「バカめ」

お返しとばかりにナマエの首筋に顔を埋める。こちらもノリとやらで首筋に歯を立てると、「ひゃっ!」と甲高い声が聞こえた。

「コルサやめてー」

「煽ったのはキサマだろう」

「あおる、とは…………?」

髪に差し込まれた手が柔らかい。顔を上げてナマエと目を合わせれば、彼女は唇を尖らせつつも、目蓋を下す。首筋を伸ばしてその唇を奪えば、ナマエも薄く唇を開く。

昼になる頃には、雪も少しは解けているだろうかと思いを馳せる。少し気温が上がったら、ナマエと連れ立って解けかけの銀世界を見て回るのも悪くない。

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