コルサがスランプである。最近様子がおかしいなとは思っていたがどうやら本格的なスランプのようだ。
「ノットアヴァンギャルド……!」
コルサが何やら呟いているのを横目で見ながらスマホロトムを弄る。コルサに呼ばれたので来てみたのだが、現在彼はアトリエで作品を片端から壊す作業に勤しんでいる。あーあ、足元の破片は誰が片付けるんだ。私じゃないからね。
「コルサぁ」
「っ駄目だ!何も思い浮かばん!」
髪を掻き毟るコルサに肩を竦める。私が何のために呼ばれたのかよく分からない。とりあえず彼の昂った神経を落ち着かせようと手招きしてみせる。コルサは不服そうながらも私に近付いて来たので、私の隣のソファの座面を叩く。
「ナマエ、」
「コルサ、少し焦り過ぎなんじゃない?」
私の隣に腰を下ろした次の瞬間、当然のように私の膝の上に頭を置くコルサの髪をこちらも当然のように撫でる。眇められていた彼の瞳が少しばかり緩む。
「焦らずにいられると思うか?インスピレーションが全く形にならんのだ!」
「無理し過ぎると逆効果なんじゃないかなあ」
苛立ちを表すように唸るコルサの頬をほぐすように揉む。されるがままのコルサの頬を摘んで引っ張ると歪な笑顔になってこちらも笑ってしまう。
「……にゃにをする」
「コルサ可愛い。少し別の事を考えてみたら?」
舌足らずなコルサの言葉に心臓が掴まれたような感じがする。いつもなら嫌がる過剰なスキンシップも今日は許してくれる。どうやら本当に参ってしまっているようだ。
「例えば何を?」
「散歩してみるとかさ。それか、バトルとかは?最近ジムリーダーの業務もお休みしてるんでしょ?」
「…………っ、」
言葉に詰まるように唇を噛むコルサの頭を気持ち優しめに撫でる。コルサは言い淀むように唇を開閉させた。
「……キサマは、」
「はーい」
「今日、時間は」
「一日空いてるー。何処か遊びに行く?」
コルサの前髪で目に掛かって邪魔そうなのを払い除けると、彼も私の肩下で遊ぶ髪の毛を指先で弄んだ。私の提案を精査するように少し目を細めたコルサは前触れの動作も無く起き上がった。
「…………出掛けるぞ」
「何処に?」
「…………それは、歩きながら考える」
善は急げとばかりに私の手を握り立たせるコルサは散らかった机の上を更に荒らしてスケッチブックと鉛筆を手に取った。あーあ、床に落ちた筆やら画材やらは誰が拾うんだ。
そしてまだ準備出来てないんだが、という言葉は恐らく彼には届いていないだろう。
手を引かれて彼のアトリエを出る。握られた手はそのままに、彼は最初から目的地があるかのように歩き出す。擦れ違う人たちが好奇の目で私たちを見ている。まあ、私たちの関係は余り人には言っていないのでそれも分からなくも無いのだが。
コルサもコルサで通りすがりの人たちから掛けられる言葉に律儀に返事していくものだから、流石ボウルタウンのジムリーダーは町の皆に好かれているなと勝手に納得していた。
「っ、ナマエ!」
「はーい、何?」
不意にコルサが振り返る。私の存在を忘れているのかと思うくらいに私以外に意識を向けていたのだと思っていたので少し肩が揺れる。連れてこられたのはキマワリ畑だった。
「キマワリ!可愛いよねー」
「少しそこでキマワリと戯れていろ」
何を隠そう私はポケモンの中ではキマワリが2番目に好きだ。ちなみに1番はコルサのウソッキーである。私をキマワリの群れの中に放ったコルサは少し離れた所に腰を下ろしてスケッチブックを広げている。少し芸術の事を忘れても良いと思うんだけど……。
いつも持っているポケじゃらしとボールを取り出してみるとキマワリたちの顔が目に見えて明るくなった気がした。全く同じ顔に見えて実は個体ごとにも表情豊かな彼らに癒されながら、右手でボールを投げ、左手でポケじゃらしを操る。草と太陽の匂いに囲まれてとても癒される。けど私が癒されても仕方ないのでは……?
ふと過った疑問にちら、と後ろに視線を送る。コルサはとても真剣な表情でスケッチブックに鉛筆を擦り付けていた。顔を上げた彼と目が合う。
「…………!」
ごく自然に微笑みを向けられた。そんな顔が出来るのかと、問い詰めたくなるくらいには優しい笑みだ。心臓が上擦る。音を立てるくらい勢い良く前を向いた私を彼はどう思っているだろう。
暫くキマワリと戯れていると、時間はあっという間に正午に差し掛かろうかという頃だ。キマワリも空腹だろうとポケットを探る。
匂いに釣られたのかキマキマと鳴き声を上げながら群がってくるキマワリにパートナーのポケモンのために多めに持ってきていたフードをあげてみる。かなり人慣れしているらしく、彼らはとても素敵な笑顔で手ずからフードを食べてくれた。
「可愛い!コルサもあげてみたら?」
「ワタシもか?」
スケッチに夢中だったコルサは少し虚を突かれたような顔をしたが、素直にスケッチブックを傍に抱えたまま私の隣に並んでくれた。キマワリが私たちを取り囲む。素敵な笑顔にこちらも笑顔になる。ふと視線を感じて、隣を見るとコルサが私を見ていた。
「コルサ?……、」
彼のしなやかな手が私の頬をなぞる。キマワリの鳴き声が場違いに聞こえている。彼の顔が音も無く近付いてきた。
ゼロ距離はすぐに遠くなった。唇を交わしたのだと気付いた時にはコルサはキマワリを餌付けしていて、まるで何も無かったかのようだ。ただ、私の心臓だけが高鳴っている。
「…………見られたら恥ずかしいよ」
「どうせキマワリに囲まれて見えん」
悪びれもしない落ち着いた声。意識を別の所に向けたくて、コルサのスケッチブックを指差す。
「何か描けた?見せて」
「…………駄目だ」
「え、何で!?見たい!」
「っ、絶対に!駄目だ!」
見せて、駄目だの応酬。結局この日は私が根負けしてコルサのスケッチブックはお預けになったのだが、どうやらコルサにとってこの気分転換は効果的だったようで、暫くアトリエに籠った後、彼は「最愛」というタイトルで大作を発表していた。キマワリがパートナーに愛でられて幸せそうな顔をしている作品で見れば見るほど愛されているキマワリなんだなあと思ってコルサにもその事を伝えたら、若干拍子抜けの顔をしていた。何故???
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