たった一つの問い

夜はディオの時間だ。昼間は出歩けない分、ディオは夜になると館のあちこちにいる事が多くなっていた。そして私はディオの気配を探り、館のバルコニーを覗いた。昼間テレンスと遊びに行った事を話そうと思ったのだ。

「……あれ?」

「…………?」

だが、そこにいたのはディオではなく男だった。私は見覚えの無い男だ。私より背が高く(もっとも私は幼少期の栄養不足のせいか上背はそれ程伸びなかった)、そして彼はどうやら目が不自由なようだった。

「…………DIO様?」

男は困惑したように膝をつこうとするから、それを押し留める。彼は私の事をディオと勘違いしているようだ。双子、だからだろうか。似ていると言われた事はあまり無い。

「跪かなくて良い。私はディオじゃあない」

「…………というと、」

「聞いているかは知らないが。ナマエだ。ディオの弟」

正体を明かしたというのに目の前の男は尚も平伏するのを止めようとはしなかった。

「ではあなた様が、ナマエ様」

「そう。君はディオの新しい友達?」

「……ンドゥールと」

男、ンドゥールは手探りで私の足下まで来ると、私の服の裾にキスするような仕草を見せた。まるで私をも崇拝するようなその動きに無意識に一歩足を引いていた。

「君は、」

上手く言葉が出なくて一度息を吸う。ンドゥールは尚も平伏したままだ。思い直して膝をついて物理的な距離を縮める。彼が身体を引こうとするのを引き留める。

「君はどうして私に平伏したんだ?」

「それは、」

「私がディオの弟だから?」

首肯する男に私も少しばかり対応に迷ってしまう。平伏される事には慣れているが、「意味も無く」平伏されるのは好きではない。

「あなた様はDIO様の弟君。であれば、俺がそうするのは当然の事かと」

「そういう物、なのかな。まあ、良いけど。……ンドゥールは最近ディオと友達になったのかい?」

強い意思を感じさせる口調にすぐに態度を改めさせるのは無理だと気付いたので話題を変える。ここ数ヶ月、ディオは友達作りに熱心だったから友達が沢山増えた。幾らかとは私も顔見知りだが、全ては知らない。ンドゥールも恐らくその一人だろう。

「ええ。…………DIO様は俺を救ってくださった」

「へえ、そうやって言い切れるなんてよっぽどだ。人が人を救うのはとても難しいというのに」

第三者からディオの手練手管を聞くのは少し面白い。幼い頃から私たちは「今日何をしていたのか」を言葉で共有する事がとても少なかった。双子だからなのか、或いはもっと別の特別の力が所以なのか、私たちは朧げながら互いの見ている物が「見えていた」からだ。どういう意図でどういう人間と関わるか、私たちは同じ思考回路を共有していたとでも言えるだろう。だからこそ、第三者から「私たち」の行動がどう見えるのか聞くのは面白い。私にもディオにも思い付かない解釈がそこにはあるからだ。

恋でもしているかのように夢中でディオの話をするンドゥールを眺める。彼はディオの行動によってディオに心底惚れ込み忠誠を誓ったと言う。でもそれは文字通り、ディオの「手練手管」だ。そこにディオの本心があるかどうか、私は知っている。

「ねえ、ンドゥール」

「……は、」

話を遮ったのは申し訳ないなと思った。でも、それだけ愛を語れるというのなら、この問いにも答えられるのではないかと思ったのだ。たった一つ、私から聞けるのはこれだけだった。

「君は、ディオのために死ねる?」

言い淀むなら、彼はここにいない方がその身のためだと思った。どれだけ雄弁だったとして、このたった一つの問いに言い淀む人間は決して役に立たないと私は経験で知っていた。そして沈黙は一瞬だった。

「勿論。我が身の死であの方の役に立てるのであれば」

空気を揺らさない決意の滲む硬い声だった。その時に思った。この男は、死ぬのが怖くないのだと。

「そう。……それはさぞ、ディオは喜ぶだろうね。……ディオに代わって礼を言おう」

こういう人間には何を言ってもその意思は変わらないだろう。苦笑してンドゥールの肩に手を置いた。その手を逆に取られる。光を映さない瞳が気配で私の顔の方を見る。

「あなたのためにも、俺は死ねます」

「……はあ」

「あの方は言われた。ナマエ様、あなたとある事があの方の望みだと。俺はその望みを叶えるためなら何だってできます。死さえ怖くはない」

ディオが友達にそんな話をしていたとは知らず面食らう私に、ンドゥールは彼の肩に乗せた私の手を取って胸の前で両手で握った。

「俺はDIO様に救われました。そして、DIO様とナマエ様の創る世界を見たい。そのために生きて死にたい」

「……あまり生き急ぐと良い事は無いぞ」

その心酔ぶりに呆れてしまう。それなのにンドゥールは笑うだけだった。その泰然とした顔を見ていたら、彼の覚悟を問うのも馬鹿らしくなって、私はンドゥールの隣で彼のディオに対する熱い語り口に耳を傾けるのだった。

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