「愛しています。あなたの事を俺はもうずっと愛していました」
あなたの抱える痛みも苦しみもその全てを理解する事は俺にはきっと難しい。その逆で俺が感じてきた痛み苦しみをあなたが完全に理解する事もまた出来ないだろう。
かつての俺はそれを絶望だと思った。たった一つになれないのなら、二人で存在する意義など無いと。でも、今ならそれは俺たちに与えられた祝福なのではないかと、そう思えるのです。
一つになれなかったから、あなたと出会いあなたを愛せたのだと、今ならそう思える。
たった一つになる必要など最初から無かったのだ。それを嘆く必要さえも。俺はただ、俺なりの方法であなたに利用されて、そしてなまえさんがいつか、黄泉路逝くその日に俺の片鱗を僅かでも思い出してくれるならそれで報われる。
「俺を利用してください。あなたがあの男の事を思い出しても泣かなくなるまで。あなたがまた、生きていけるようになるまで。あなたが、俺の事を必要としなくなるまで」
彼女を傷付けた俺が言える事ではない。或いは沢山を傷付けた俺が。それでも俺はたった一人救いたい。多くを傷付けて生きて来た俺の唯一を。
「……それ、ばかりなのね」
俯いて俺の告白を聞いたなまえさんは震える声でただ一言呟くように口にした。頼りないその声に俺は手を伸ばして卓に置かれていた彼女の手を握った。俺はここにいるのだと知って欲しかった。
「そうです。俺はあなたの事が好きだ。それしか言えないし、言うつもりもない。あなたになら何をされたって良い。俺を利用してください。こう見えても打たれ強くて諦めは悪いつもりですよ」
「でも、それじゃ『あなた』はどこに行くの?」
冗談めかした俺の言葉になまえさんは顔を厳しくさせた。必死さすら見えるその顔はいつもの弱々しいなまえさんじゃなくて、それはどこか昔のような頼もしいなまえさんに似ていた。ああ、その顔酷く懐かしい。今日はよく昔を思い出す日だ。薄らと微笑む俺を見てなまえさんは顔を顰めた。
「……私が、あなたに見ているのは『あの人』の面影で、あなたを見てもいないのに、あなたはそれで良いと言うの?違うでしょう……?あなたはどうかあなた自身を見てくれる人と一緒になって」
「それはあなたの保身だ。あなたが俺を通して何を見ようとそれは俺には関係ない。俺はあなたが良くて、俺にはあなたでないと意味がない。そのためだったら俺は何でもする。そして俺の事は俺が決めます、あなたが決める事じゃない」
震える色を湛えた瞳と目が合って、俺は彼女の手をぎゅう、と握った。怯んだように険しい顔をするなまえさんに俺の感情は凪いでいく。そうだ、この感情だった。俺が彼女に抱いていた原点は。
「待ちます。いつまでだって。俺はあなたの事が好きだ。だから俺が必要ないなら、早く俺の事を嫌いになってください。あなたに拒絶されるなら、俺も諦めます」
俯いたなまえさんの瞳から溢れて零れた雫が朝の光に反射して綺羅綺羅と光った。美しい光だと思った。あなたに付随するものはいつも美しく、俺を惹き付けて離さない。
「…………そんなのっ、出来る訳、ないじゃないっ」
涙声は俺の腕の中で消えた。なまえさんの黒い髪を梳きながら、俺は彼女の濡れた眦にそっと唇を落とした。ここからまた、再開させれば良い。
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