03

それ以来なまえは彼女の父親の面会に繰り返し訪れた。それは家族として当然の権利であったし、なまえは数いる面会人の中でも特に大人しい部類だったから看守の手を煩わせる事も無かった。だから看守たちは特に彼女を注視してはいなかった。ただ一人、門倉を除いては。

門倉が注視した事、それはなまえの面会の頻度であった。門倉には彼女の面会の頻度が多過ぎるような気がしたのだ。

勿論みょうじは囚人であるからひと月に許されている面会の回数は限られている。そして囚人の家族でそれを使い果たしてしまう者は稀と言って良かった。

大抵の家族は最初の面会でもう、監獄からは足が離れてしまう。それは体面もあるだろうし、残された彼らにも生活があるからだ。また、仮に頻繁に面会に訪れる家族ならば、面会の時間を非常に親密そうに行う。

だからこそ門倉は訝しんだのだ。何が問題なのかと言えば、みょうじとなまえの面会での雰囲気が到底親密には見えないという事だ。どこかぎくしゃくしていて、本当に親子なのかと疑いたくなる。それでもなまえは定められた上限一杯に面会にやってくる。それが門倉にはどうにも不可思議に映ったという訳だ。

「考え過ぎなんじゃないですかあ?」

「まあ俺もそう思ったんだが……。長年の看守の勘がなぁ」

「あは、門倉部長の勘なんて当てになるんですかあ?」

「テメー失礼な野郎だな」

ついつい隣の宇佐美を軽く小突きながら、門倉は内心で首を捻った。「長年の看守の勘」、それが当てにならない事を願いながら。さりとて今日も、なまえの面会の予約が門倉の許に届けられ、彼は苦い顔をしたのだけれど。

「看守さま」

面会人待合室の扉を押し開ければ、また、白檀の上品な香りが門倉の鼻を擽った。お世辞にも上品とは言えない職場には似付かわしくないその匂いに尻の辺りがむずむずするのを我慢しながら彼はなまえのために扉を支えてやる。もう両手では数えきれない程面会に訪れているなまえは慣れたように一礼すると門倉とすれ違って待合室の扉を潜る。

薄く笑みの形を作るその唇が、艶めかしかった。

常人よりもゆっくりと、なまえと門倉は面会室までの道を歩く。足が悪いというなまえは一見そうとは見えない程に、完成された足捌きで廊下を歩いている。だが時折、僅かに痛そうに顔を歪めて足を庇う仕草をしたから、その度に門倉は立ち止まって彼女の事を振り返った。

「申し訳ありません。足が悪いもので」

初めて会った時と同じ言葉を、初めて会った時のように口にするなまえに、門倉はつい、好奇心が湧いてしまった。

「生まれつきなのか?」

「はい……?」

まさか質問されるとは思っていなかったのか、くい、と首を傾げるなまえに門倉は苦々しい思いで首を振った。ややこしいこの監獄で、生き抜く秘訣はただ一つ。何事にも干渉しない事、である。今自らに課したその決まりを破ってしまった事を、門倉は僅かな苛立ちと共に飲み込んだ。

「いや、気にしないで……」

「いいえ、生まれつきではありません。わたくしが十の頃に」

にこりと、花の話でもするかのように軽やかな口調でなまえは着物に隠された傷を擦り上げるように足を撫で擦った。呆気に取られる門倉を尻目になまえは更に言葉を続ける。

「足の腱を切ってしまって。予後不良でこのような事に」

看守さまにはご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんわ。そう締めくくられ、にこりと人形のような美しい微笑みが門倉に向けられる。不覚にも上擦った心臓に彼は自分が嫌になった。相手は自分の娘ぐらいの年齢で、ましてや「極道の娘」だ。ただ、それでも、たとえ無機質であったとしても彼女には笑った顔の方が似合うと、そう思った。

「門倉、だ」

「……はあ」

突然の自己紹介に戸惑った様子のなまえに門倉は気恥ずかしさを隠すように後頭部に手をやって、痒くも無いそこを掻き毟る。首を傾げ、目を瞬かせるなまえに門倉は内心に言い訳を繰り返す。なまえの足の事を知っているのが自分だけだから、とか、彼女の事を怪しいと思っているのが自分だけだから、とか。兎に角色々。そして考え付く限りの「言い訳」を思い浮かべてから深呼吸する。

「これからあんたが面会に来る時の手続きは俺が担当する。受付で俺の名前を必ず出すように。それに『看守さま』なんて、ガラじゃねえよ」

言い切って、門倉はなまえが唇を弓形につり上げたような気がしたけれど、瞬きの間にその顔は消えてしまったから気のせいかと結論付けた。なまえは門倉の顔をじっと見ていた。そして。

「わかりました、門倉さま。では、わたくしの事も、『あんた』ではなく、なまえと、お呼びください」

「はあ……!?」

ふわりと微笑まれた事にも気付かないくらいに、動揺するとはこういう事を言うのだろうか。年頃の娘と交流する事なんて殆ど無い門倉にはそれはどうにも照れ臭く。

「いや、あんたは別に……」

「あら、わたくしにも『なまえ』という名前がありますのよ」

「じゃあ別に苗字でも……」

「苗字では父と被ってしまいますわ」

くすくすと悪戯っぽく微笑んだなまえは先程の人形めいた様子はどこにも無くて門倉はなぜか安堵していた。結局、道すがらなまえの呼び方については、彼女が希望を押し通してしまった事で、門倉の抵抗は無に帰したのだった。

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