06

みょうじなまえという女は実に不思議な娘であった。容貌、身に纏う空気、存在感、所作など全てのおいてかつて門倉の身近に存在したどの女とも異なっていた。

形容する言葉にも迷うのだ。美しいとも、艶やかとも、婀娜っぽいとも、可憐とも、清楚とも違う。複雑な形容し難い存在、それがみょうじなまえに対する門倉の評価であった。

面会人待合室でいつものように座っているなまえの視線がゆっくりと門倉に投げられる。抜け目のない瞳と評したそれを、今、どう評したら良いのか、実の所門倉はよく分からなくなっていた。

「今日は少し冷えますね」

秋も深まって来た頃合いで、そうでなくても北海道は寒い。なまえは細い指先を少しばかり赤く染めていた。きっと触れたら冷たいのだろう。

「まあ、もう秋も暮れだしな」

簡単な世間話にも慣れたものだ。なまえも薄く微笑んでその指先にはあ、と息を吹きかけた。

なまえを引き連れて面会室に向かう。彼女の足に配慮する事にももう慣れた。だが慣れた時の方が危ない時なのだという事も、門倉はまた知っていた。

「っ…………!」

ふと、なまえが顔を歪めて立ち止まる。その顔は見ずとも足が痛んだのだろう事は想像がついた。

「オイ、大丈夫か?」

努めて表情を殺そうとしているのか、無表情にも近いなまえの柳眉が寄せられている。まさかその足に触れる事も出来ず、なまえの膝の上辺りの空気を撫でる門倉になまえはく、と唇を噛む。

「痛いです。寒いから、かしら」

「何処かで休むか?つーか、歩けんのか?」

「…………だい、じょうぶ、ですわ。門倉さまや、父をお待たせする訳には参りませんもの」

蒼白な顔で囁くように呟くなまえの顔は控えめに言っても大丈夫には見えなくて。門倉の頭で一瞬職務と人としての感情が天秤に掛けられる。

「ったく……」

「っ、へっ!?っきゃあ!」

軽い、と口走りそうになった。歩くと痛みが出るなら歩かせなければ良いとなまえを抱き上げて、それでも見られるのはまずいからと手近な部屋に入る。そこはどうやら鍵の掛かる古い倉庫か何かのようだった。

無造作に置いてある行李の上になまえを下ろす。なまえは門倉の乱行に驚いたのか言葉も無い様子だ。

「っあ、の…………っ」

「取り敢えず、痛みが落ち着くまで廊下にいるよりかはマシだろ。どうせ、みょうじはいつ行ったって暇なんだからよ」

「い、いえ、そういう事ではなく……」

珍しく要領を得ないなまえの言葉が門倉に現状を理解させそうになる。理解してはいけないのだが。というか理解したら最後な気がする。

なまえの震える唇は寒さのせいだろうか。少し硬い瞳の色が、門倉を見た。

「…………診ていただけませんか」

「はあ!?」

今の自分の顔はこいつは何を言っているのだろう、という顔だろうと門倉は回らない頭で思考していた。貧乏くじを引いたなんていつもの口癖も出てこない。

「足が、いたいの」

行李に座っていたなまえが右足の履物を落とすのが見えた。白い足袋が目に痛い。裾が割れて足袋に包まれていないなまえの白い脛と脹脛が覗く。生唾を飲み込むような音が、自分から聞こえた事を門倉は回らない頭の隅で認識した。

足袋を落としたなまえ足の甲は白くて、桜色の小さな爪がのっている。その整った足に似つかわしくない引き攣れた大きな傷が踵から上を覆っている。

顔を歪めるなまえに近付けば良いのか、遠ざかれば良いのか門倉は量りかねていた。立場を考えれば遠ざかるべきだ。しかし、この状態の彼女を放っておくのか?

「その傷は?」

出した結論は彼女を遠巻きにしつつ様子を伺うという、何とも情けないものだった。

「わたくしが十の時の傷です」

「いや、それは前に聞いたが……。そんな大きな傷、どこでこさえたんだ」

「…………、母のせいです」

「…………お袋さんにやられたのか?」

門倉の険しい追及の声になまえは目を細めて緩く首を振る。諦めたような表情が刺さる。

「母が亡くなってから、父はわたくしを虐げるようになりました。この足はわたくしが十の時に、初めて男の人を慕った罰ですわ」

羽衣のような軽い口調に、門倉の方が感情が昂ぶるのを感じた。怒りとも違う何かだ。なまえに無言で近付いた門倉は、彼女の傷が痛まないように努めて優しく足袋を履かせてやると、その傷が見えないように裾を整えてやった。彼女の足に触れた時の柔らかさは忘れる事にした。

「っ…………」

「わり、痛むか?」

「っ、いいえ……っ」

ふるふると首を振るなまえに何と声を掛けて良いか分からなくて、仕方なく門倉はなまえの背後の壁を見るように口を開く。

「あー、今日は帰れ」

「でも、」

「足痛えんだろ?無理すんなって。痛みが引くまでは俺もここにいるからよ」

目を瞬かせるなまえを無視して、門倉もなまえの隣に腰掛ける。行李が嫌な音を立てた気もするが気にしない。僅かな空気の層を隔てて隣になまえの手がある気がした。それを握るのは違うと思った。だが、あからさまに避けるのも違う気がして、門倉は頑なにその手の動かそうとしなかった。

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