彼女からの手紙 一

拝啓、名前も知らない囚人さん

惜春の折、あなたさまにおかれましてはいかがお過ごしでしょう。この度あなたさまとお手紙のやり取りをさせていただきます、なまえと申します。わたくしのような小娘が教誨などという大層なお役目にかかわることはまことに器不足の感がありますけれども、一度引き受けさせていただいた限りはお役目精一杯務めて参ります。もし至らぬ点等ございましたら何卒ご容赦の程をお願い申し上げます。

ところでいまわたくしは父の会社の社会貢献の一環ということでこうして筆をとった次第でございます。けれどいかんせんあなたさまのお名前もお顔も何も存じ上げず、何を綴れば良いのかかれこれ十日余り悩んでおります。なのでまずはわたくしのことをここにしたためることで初回の手紙と代えさせていただきます。そしてもしよろしければ次の手紙であなたさまのことについて教えていただければ幸いでございます。

わたくしは北海道は小樽市のとある貿易商の末娘の生まれです。上に三人の兄と二人の姉がおり、わたくしが言うのもなんですが、皆立派な兄姉であると思っております。どの兄姉もみな男子女子の本懐を果たし、御国や御家の為に貢献しているのです。わたくしなどとは大違い。……申し訳ありません、こんな所で面白味の無い愚痴なんて。ですけれどもそういう意味もあって今回こうしてあなたさまとお手紙を交換するというお役目をいただこうと思い立ったのです。矮小で些末なわたくしのような存在でも誰かのお役に立ちたいと思いまして。

きょうだいは上から二十七の長男、二十六の長女、二十四の次男、二十二の三男、二十の次女、そして今年十八になりますわたくしの六人きょうだいです。あなたさまにはごきょうだいはいらっしゃるのかしら。

長男は父の会社の跡取りとして毎日夜遅くまで働いています。二番目の兄と三番目の兄は軍人です。二人の姉も結婚して良き妻良き母として日夜それぞれのお家に尽くしています。

なんだかこれではわたくしの家族の自慢のようになってしまいます。どうかお許しになってください。もしよろしければ次のお手紙であなたさまのことも教えていただければ嬉しゅうございます。初めての手紙ですし、あまり長々と書いてしまっては不躾でしょうから、今回はここで筆を置くことにいたします。このお手紙が少しでもあなたさまの気晴らしになりますことを願いながら。
時節柄、ご自愛専一にてお願い申し上げます。

かしこ

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